Community 地域社会 (連載第458回)

 私が住んでいる東京都区部の古い住宅地では―昔ながらの括りで言えばここも山の手に入るのだろうが―ご多分に漏れず、近所付き合いがほとんど無い。先代までは向こう三軒両隣くらいは顔見知りで、道端で会えば世間話くらいはしていた。今では外ですれ違えば軽く会釈する程度だ。

 先日突然、町会(町内会)の班長の番が回ってきた(注:その話をツイッターに投稿したら、地方によっては「組長」と呼んでいるとご教示いただいた)。前に務めてから数年も経っていないはずだが、高齢などを理由に当番を断る世帯が増えたらしい。やりたくないのはうちもそうだが、夫婦揃ってひねもす家にいるので、断る理由が見当たらない。しぶしぶ承知した。

 班長の務めが回覧と集金の二つなのは以前と変わっていないが、今年は新型コロナウイルス感染拡大の懸念から回覧はほぼ停止中。しかし集金の仕事は相も変わらず。不用意に訪問して警戒されないように、集金を予告する連絡書を前もって投函しておき、訪問時にはマスク着用はもちろんのこと、現金受け渡し用のプラスチック製トレーを持参した上で、玄関内に立ち入らないなど接触機会を極力抑えるように細心の注意を払っている。

 比較的人口の多いこの町内には小さな商店街に数軒の飲食店や小売店が軒を並べているが、打ち続くコロナ禍(coronavirus catastrophe)にあって窮状を訴える声や支援の呼びかけは全く聞こえてこない。既成の慈善団体(charity)への募金や祭事への寄付には協力するが、いずれも昔からの慣習で続いているものだ。今こそ地域社会(community )を挙げて助け合うべきではないかと思ってもみたが、町会役員の顏さえ知らない私が余計な口出しもできない。比較的経済的に恵まれた都市住民(urban resident)にとって、近隣への支援はあくまで国や地方自治体の仕事なのかもしれない。

 ツイッターに当地の地名や駅名を入れて検索してみたが、地元住民の投稿は全く見つからなかった。そもそもSNSに地域内の問題提起やその解決に向けた情報交換、意見集約といった機能を期待していないのだろう。

 この町内にはアパートやシェアハウス、貸店舗なども多いが、それらの店子(tenant)や家主(owner)は町会に加入していない。私のような二代目住民も型通りの協力しかしないから、自治組織としての町会の存在意義はますます薄れていくだろう。

(『財界』2020年8月5日号掲載)

【注】本稿中の英語表現について筆者ブログに解説記事を載せてあるのでクリックしてご参照ください。→ community 【地域社会/コミュニティ/〜界】


※掲載日:2020年8月31日
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