PPE 個人用保護具 (連載第454回)

 新型コロナウイルスの感染拡大による危機が様々な形で進行しているが、中でも医療現場で使う個人用保護具(PPE, personal protective equipment)の不足は深刻だ。感染者が急増して医療崩壊に直面した米国ニューヨーク市では医療用防護服(medical protective wear)の代用品としてゴミ袋を身にまとって業務に従事していた看護師が感染、死亡するという悲惨な話も報じられた。

 PPEは企業などの現場で産業(労働)安全衛生(industrial safety and hygiene)業務に携わったことのある人なら知っている言葉だ。外注翻訳者として長年その類の文書を翻訳してきた私の語彙にもある。しかし一般には耳慣れない言葉だろうし、それに関しては素人の政治家も無知だろう。疫病の蔓延という危機に際して医療用PPEの調達確保が後手に回ったのもその意味では当然の帰結だ。欧米諸国には不足するPPEを奪い合うように買い占める動きもあったという。

 もちろん国として感染対策の備えがまるで無かったわけではない。そのひとつは生物・化学兵器(biological and chemical weapons)攻撃に備えている自衛隊だ。マスク不足が深刻化すると、自衛隊はいち早く備蓄品のマスクを供出貸与した。多数の感染者が出たクルーズ船に災害派遣された自衛隊員は防護服に身を固め、隊員から感染者を一人も出さなかったという。つい先日も自衛隊が地方自治体の職員の感染防護訓練を支援したという記事をツイッターで見かけた。1995年の地下鉄サリン事件で毒ガスが撒かれたときも、首都圏に自衛隊の化学防護隊があったおかげですみやかに除染することができた。平時にはほとんど目につかないこういった特殊な装備や専門知識を持った要員が用意されているおかげで社会が守られることを忘れてはなるまい。

 医療用マスクや防護服などのPPEの不足は今も深刻だ。これを教訓に、今後は輸入品に頼らずに済むように少しくらいコストが高くついても原材料も含めて国産化と備蓄を進めるべきだ。

 不織布マスクの不足に対応するための全世帯への布マスク配布は、一種の気休めにはなったかもしれないが、国が巨額の費用をかけてやることはなかった。布マスクなら家庭でもありあわせの材料で作れるし、マスク配布が始まる前からすでにその動きはあった。民間ではやれないところに物資やマンパワーを重点的に投入することこそ国や地方自治体の役割だ。

(『財界』2020年6月10日号掲載)


※掲載日:2020年6月26日
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