Social distancing 他者との距離を確保すること (連載第453回)

 新型コロナウイルスの急速な感染拡大に伴って、巷では聞き慣れない専門用語が飛び交うようになった。ソーシャルディスタンシング(social distancing)もそのひとつだ。専門用語としては「社会的距離[戦略]」と直訳しているが、要するに人との距離を取って接触を避けることだ。とすれば一般には「他者との距離を確保すること」と意訳したほうが通じる。ソーシャルディスタンス(social distance)と呼ぶ向きもあるが、後者には人との心理的な距離の意味もあるので、前者とは使い分けたほうが良さそうだ。

 ウイルスの発生源・中国発の映像を見て、店の前ではかなり間隔を空けて並び、家に届いた荷物は直接受け取らずいったん外に置かせて取りに行く人々の姿を少し大袈裟だと思ったが、感染力が極めて強い新型コロナウイルスに対してはそうすることが実は最も理に適った対策だと後で知った。国内のテレビ番組の実験映像によると、くしゃみや咳だけでなく大声に伴う飛沫は想像以上に遠くまで拡散する。そのため屋外でも人との間隔を少なくとも2メートル空けることが海外では強く奨励されている。

 一方この国では、お互いにマスクをつけているという安心感もあってか、このように他者との距離を取ることの重要性が十分に認識されていない。用心深い私自身は屋内外を問わず、人に近づかない。混雑しているスーパーへの入店を避けて、店内に買物客が数人もいない昼下がりのドラッグストアで買い物を済ませている。

 私はほぼ一日中家にいる(stay [at] home)が、通販の受け取りを「置き配」に指定して玄関脇の縁台に置いてもらうことにした。これなら接触を避けられるから安心だし、配達人を待たせずに済む。今では宅配便も受領印やサインを省略していいことになっている。

 これほど危機感が高まっているのに歓楽街に繰り出す人々が感染を拡大するのを防ぐために、この国の政府や地方自治体も続々と緊急事態宣言を発し、一部業種の休業や夜間営業の自粛を強く要請した。お上には休業補償を渋って休業要請を躊躇する向きもあるようだが、認識の甘さも甚だしい。欧米諸国のように感染爆発による医療崩壊の危機が迫る今日、決断の僅かな遅れが甚大な被害を招きかねない。

新型コロナウイルス感染症の有効な治療法が確立されていない今、社会と自分の身を守るには、各人が極力家に留まり他者との距離を十分に取るくらいしか手立てはない。

(『財界』2020年5月27日号掲載)


※掲載日:2020年5月28日
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