Panic buying 買いだめ (連載第451回)

 大災害の発生直後に不安にかられた人々がトイレットペーパーなどの消耗品(consumables)を買い急ぐ(rush to buy)行動は、古くは1973年の石油危機、最近では2011年の東日本大震災で広く見られた(『英語で夢を見る楽しみ』単行本108〜109頁「空の棚」参照)。WHOがようやくパンデミック(pandemic)だと認めた今般の新型コロナウイルスの世界的な大流行でも、マスク、アルコール(エタノール)除菌剤に続いてトイレットペーパーの類が小売店の商品棚から消えた。原材料や完成品の生産の多くを中国に依存している前者と違って後者はほぼすべて国内生産であるにもかかわらず、それらも中国産だというデマ(disinformation)や誤報(misinformation)に煽られた消費者が何度も行列を成して買い漁るものだから、メーカー在庫は潤沢にあるのに物流が追いつかないという。

 なぜかトイレットペーパーを買いに走ってしまう行動はこの国特有の現象かと思っていたが、新型コロナウイルスの感染拡大への懸念が急速に広まった欧米や豪州でも同様の事態が発生し、海外からの報道でもこのような不安心理による買いだめ(panic buying)に関する記事をよく見かけるようになった。もちろん食料品その他の商品は豊富にあり、人々が店頭に殺到して商品を奪い合うような惨憺たる光景がほとんど見られないのはまだ幸いだ。

 海外からの供給が止まったマスクに関しては諸外国と同様にこの国でも物資統制の対象となり、メーカーがフル稼働で生産しているにもかかわらず入手困難な状況はしばらく続きそうだ。かつて新型インフルエンザが流行ったときは誰もがマスクをつけて街中を歩く日本の光景が海外から揶揄されたものだが、今やどの国の人々もマスクを求めて必死だ。

 私が子供の時分は不織布の使い捨て(disposable)マスクはまだ無く、ガーゼマスクを洗っては使っていた。石油危機当時、自分の親がトイレットペーパーを買いに走った記憶が無いので改めて考えたら、北海道の片田舎にあった自宅周辺には下水道が通っておらず、汲み取り式のトイレでちり紙を使っていた。もちろん公衆衛生上は今のように使い捨てマスクや水洗式トイレのほうが安全快適だが、今日のような危機の最中に消耗品が買えないことを心配しないで済んだ昔のほうが精神衛生上は良かったかもしれない。

(『財界』2020年4月22日号掲載)


※掲載日:2020年4月27日
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