Crisis management 危機管理 (連載第450回)

 かつて陸上自衛官だった私の父はその職業柄もあって家中の安全管理や非常時への備えにはうるさく、私は小学生の時分から「通路に物を置くな」などとよく注意された。

 そんな父が私に勧めた本に、元警察官僚で後に危機管理の専門家として知られた佐々淳行氏(故人)の『危機管理のノウハウ』(PHP文庫版全3巻) がある。この本は後に私の座右の書となった。改めて振り返ると、英語のキーワードを文章の随所に散りばめて日英両語の語彙や発想の違いを論考する私の文章のスタイルも明らかに同書に影響されたものだ。

 新型コロナウイルス(novel coronavirus, COVID-19)の感染拡大が国内外に危機的状況を引き起こしている今、その本を手に取って目次をペラペラと眺めると、政府による危機対応の巧拙が浮き彫りになる。そのひとつが「ピースミールアタックの戒め」(前掲書第1巻107〜118頁参照)だ。旧日本陸軍は兵力を遂次投入(piecemeal attack)したためにガダルカナル島などの局地戦で悲惨な敗北を喫した。戦争や大災害のような非常時には初動段階から資源を大規模に投入しなければ危機回避は覚束ない。

 今回の危機対応については、発生源となった中国を除いて近隣諸国政府への評価が高い。特に台湾政府は武漢でのウイルス発生の第一報が入った1月中に対策を矢継ぎ早に打ち出したのが奏功した。隣国と緊張関係にある国ほど危機管理に優れているようだ。モンゴル政府も早くも同月中に中国との国境を閉鎖して感染拡大を免れた。中国への外遊から帰国した同国大統領も14日間隔離されたという。

 平時の能吏が非常時に有能な指揮官として機能するのは難しい。この国は度重なる災害の経験でそれも含めて多くを学んだはずなのに、何度も同じ轍を踏む。危機意識に乏しいリーダーが決断を下して責任は自分が取ると豪語したところで、決定が後手後手に回り「命令・変更・混乱」(order, counter order, disorder;同215〜224頁参照)を繰り返せば、現場や国民は徒に右往左往するばかりだ。

 誰もが経験の無いクルーズ船の感染拡大阻止に失敗した、唐突に全国一律に学校の休校要請を出したからと言って時の政権をやたらと責めるのもいかがなものかとは思うが、将来この国を担うリーダーは前掲書のようなテキストを熟読して平時からよく備えておいてほしい。

(『財界』2020年4月8日号掲載)


※掲載日:2020年4月27日
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