Disastrous crisis 災害級の危機 (連載第449回)

 中国・武漢で発生した新型コロナウイルスによる感染症をWHO(World Health Organization, 世界保健機関)がCOVID-19(コビッド・ナインティーン)と命名した2月半ばにはすでにこの疫病は中国全土に拡大し、日本でも各地で相次いで感染が報告されるに至って事態はさらに深刻さを増している。

 その新病名はcoronavirus(コロナウイルス)、disease(病気)、それにこの病気が初めて報告された2019年に由来する。発生源の地名や動物の名を冠することによる誤解や偏見を避けるためにこのようなニュートラルな名前をつける事情は理解できるが、当局がつけた無味乾燥な名前は定着するまでにとかく時間がかかるか、定着しないまま消えるものだ。現にこの国の報道では相変らず新型肺炎または新型コロナウイルスと呼んでいる。この先COVID-19という名称が使われるとしても、ずっと後になってその流行を振り返る文脈においてだろう。

 発生源である中国の政府や国際機関が手をこまねいている間にこの新型ウイルスの感染が拡大した感はどうしても否めない。その間にも日本など各国政府は中国の一部地域からの外国人の入国を拒否する一方、感染者が発生したクルーズ船の乗員乗客を船内に隔離、または寄港を拒否するなど対策に追われた。民間企業も次々と大型イベントの開催を見合わせており、その社会的・経済的影響が拡大しつつある。

 そのような状況下で必ずと言っていいほどテレビ番組やSNSで、たとえ罹ってもたいしたことはないかのようにうそぶく輩がいるが、不見識も甚だしい。高齢者や基礎疾患のある人が重症化しやすいとしても、若年の患者が全員軽症で済むわけではない。現に中国では20代の死亡例もある。素人であれ専門家であれ、こういった軽はずみな物言いは厳に慎むべきだ。

 医療が進んだ近年では忘れがちだが、疫病の流行は大昔から人類を苦しめてきた災害級の危機(disastrous crisis)だ。政府のせいばかりにするのではなく、私たちひとりひとりが心してかからねばならない。自分にもできる対策として、私も外出先から帰ったらこれまで以上に念入りに手を洗っている。目がかゆくなっても手でこすらない。隣のシェアハウスと共用している門扉の掛け金は毎日アルコールで拭くとともに、居住者に向けて手洗いの励行をお願いする旨の掲示を出した。いささか大袈裟と思われても結構。危機が去るまでは決して油断しないことが肝要だ。

(『財界』2020年3月25日号掲載)


※掲載日:2020年4月1日
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