Racist word 人種差別語 (連載第442回)

 ツイッターでの放言で何かと物議を醸すトランプ米大統領が、今度は自身に対する下院での弾劾の動きをリンチ(lynching)と表現して批判を招いた。大統領は以前からツイッターで自身への糾弾をよく魔女狩り(witch hunt)と呼んで非難しており、大統領の物言いとしていかがなものかと思う向きもあったが、今回ほど問題視されたことは無かった。

 その昔、白人が集団で黒人を私刑に処した暗い歴史のある米国では、それを指して使われたリンチという言葉を避ける傾向にあるらしい。そう言えばこの言葉は集団による私的制裁を意味する外来語としてこの国でも使われていたが、近頃はあまり見かけなくなったような気がする。

 この問題に関する賛否両論をツイッターでざっと眺めたところ、米国議会における弾劾手続きを大統領が不適切な表現で揶揄したことが批判される一方、lynchは一般に私刑を意味する動詞であってそれ自体に人種差別的な意味は無いとか、いちいち黒人差別の歴史に結び付けて捉えるのはおかしいといった指摘も散見され、それはそれで(論点は少しずれているが)一理あると思った。少なくとも今回に関する限り、大統領に人種差別の意図があったようには見えず、その言葉を使ったこと自体が責められたとしたら、それは一種の言葉狩りだ。

 米国には米国の歴史的事情があるのでこれ以上ここでその言葉遣いの適否を論じるつもりはないが、差別語に対する過剰反応については私にも思い当たる節がある。以前ブログにfoolproof cameraの訳語として掲げた「ばか○○○カメラ」について、差別語を使うとはけしからんと読者から難癖をつけられて辟易したことがある。そもそも、その語源となった「ばかでも○○○でも」という慣用表現には人種差別的な意味は無い(が、また苦情が来ても嫌なので○○○の部分は伏せ字にしておく)。国語辞典などでちょっと調べればすぐに分かることだが、この慣用表現は江戸時代にはすでにあったもので、近代以降に隣国人を蔑んで使われた同音の差別語とはその由来からして異なる。だが、両者を混同して差別語と誤認している人が増えたため、私もいつしかその表現を使うのを避けるようになった。

 昔からなじみのある言葉の語源や用法に差別的な含意が無いのに、言葉狩りのせいで廃語と化す傾向があることは、物書きの端くれとして遺憾に思う。現代社会はその点においてもっと寛容であっていい。

(『財界』2019年12月10日号掲載)


※掲載日:2019年12月30日
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