Tear gas 催涙ガス (連載第436回)

 香港の学生と市民による抗議デモにより、香港政府は刑事犯の中国本土への引き渡しを可能にする条例の審議採決をいったん断念したが、その完全撤回と行政長官の辞任を求める学生らの街頭抗議活動は未だ収束の兆しが見えない。他国の事ながら香港市民の行く末が案じられる。

 現地の人々がネットで配信した映像を見る限り、参加者が数万人から数十万人にも達する大規模なデモにも拘らず、驚くほど抑制が効いている。抗議デモ参加者(protesters)は雨傘を盾に整然と行進し、火炎瓶を投げる姿も略奪(looting)行為も見られない。デモ隊の一部が議会庁舎に乱入してスプレーで落書きしたことはあったが、これは何者かに煽動されたとの説もあり、その後はまた市街地でのデモ活動に戻っている。

 これに対し香港警察は非常に暴力的だ。催涙ガス(tear gas, riot gas)弾の水平撃ちはするわ、催涙スプレーを市民の顔に直接噴射するわの乱暴狼藉を働き流血の惨事を招いている。かつてはこの国の機動隊(riot police)も催涙弾を使っていたが、水平撃ちで死者を出した成田闘争以来、久しく見かけない。

 香港当局は時にデモ隊を暴徒(riots)と呼んで非難するが、デモそのものを必ずしも否定しないあたりは一国二制度の最後の一線を守っているのかもしれない。一方、デモ隊の黒服に対抗してか白シャツを着た数十人の愚連隊が街中で市民を襲撃するなど、今の香港はまるで暗黒社会さながらの様相を呈している(これも一説には何者かに雇われた現地の犯罪組織の仕業という)。そんなならず者は、昔の香港映画ならブルース・リー(Bruce Lee)が演じるカンフーの達人がなぎ倒すところだが、現実にはそんなヒーローはいない。その代わり非暴力的な手段で圧政に抗い、その情報を世界に向けて発信する多くの若者がいる。

 隣国の一市民としては口を挟む立場にはないが、暴政(tyranny)や独裁(dictatorship)に対して声をあげる若者の行動は私にも十分理解できる。この国ではかつて学生運動が行き詰まった結果、一部の過激派が内ゲバや爆弾テロに走る一方、学生の多くはノンポリ化し、やがて政治への無関心という弊害を生んだ。人権や民主主義を擁護しようという純粋な政治的動機からデモに身を投じる香港の若者たちの勇敢な行動が良い形で報われることを願ってやまない。

(『財界』2019年9月10日号掲載)


※掲載日:2019年9月26日
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