Social withdrawal 引きこもり (連載第433回)

 5月下旬に川崎市登戸で通学中の児童や保護者が路上で殺傷される通り魔事件、6月には家庭内暴力(DV, domestic violence)の止まない息子を元農水事務次官が刺殺するなど殺人事件が相次いだ。前者は事件直後に自殺した加害者が、後者は被害者がいわゆる引きこもりだったとしてマスコミが大きく取り上げた。

 この「引きこもり」は意外に新しい言葉で、手元の古い辞書には出ていない。ネットで検索すると英訳はsocial withdrawalとあるが、これはもともと社会学用語だそうで、日常語としてはいまひとつピンと来ない。ふた昔ほど前に流行ったニート(NEET)という英語由来の言葉はnot in education, employment or training(無就業・無就学者)の略語だが、日本語では若年無業者と定義されており、これに従うと若いうちから引きこもって40〜50代になった人には当てはまらない。未成年者は不登校児(school refuser)、成人についてはスネップ(SNEP=solitary non-employed person、孤立無業者)という造語(和製英語)で区分する向きもあるようだが、いずれにせよこういった用語には否定的な意味合いが付きまとう。

 ひぐらし家にいて家族としか口をきかない私は隠遁者(hermit)を自認してきたが、白髪交じりになって引退生活者(retiree)と称してもおかしくない風貌になるまで肩身が狭かったから、引きこもりの立場も分かる。

 こういうセンセーショナルな事件があると何々が悪いという短絡的な報道が出回るのは世の常だが、何でも反対から見る癖のある私は、引きこもりそれ自体が原因ではないと考える。引きこもりの圧倒的多数は私と同様に人畜無害で善良な市民だ。犯罪発生率で見れば引きこもりもそれ以外の人もそうたいして差は無いはずだ。それよりも、先天的な加虐性向を持つサイコパス(psychopath)などの研究調査や予防治療を推進するほうが犯罪防止にはよっぽど有効だろう。

 家にいて何もしない家族を心配するなら、いきなり外に出て社会参加しろと迫るのではなく、家の中で何らかの役割を担ってもらうといい。犬猫の世話や庭掃除から、高齢者にはよく分からないパソコン・スマホの設定・操作まで、同居家族に頼みたいことはたくさんある。その昔、住み込みの書生や家事手伝いといった非就業者はありふれた社会的存在だった。そういう人でも大手を振って暮らせる隙間の多い社会であってほしい。

(『財界』2019年7月23日号掲載)


※掲載日:2019年7月23日
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