Silence is golden 沈黙は金 (連載第431回)

 公人の舌禍事件が相変わらず後を絶たない。某代議士は事もあろうに北方領土の国後島に滞在中、「戦争をしないと(島を取り返せない)」と発言して世間の大顰蹙を買った。本人は酒のせいにしたかったようだが、国会を代表して旧島民に同行している最中に現地で起こした不祥事なのだから、言い逃れの余地は全く無い。

 血税で禄を食む公職にある者の一言一句があげつらわれるのは世の常だが、近頃は誰でも安直に意見を公開できるツイッターなどのSNSで著名人(celebrities)が迂闊なことを書いて非難の集中砲火を浴びる筆禍事件、いわゆる炎上が時折起こる。先日も、ある出版社を作家が批判したところ、その社長が彼の本の実売数をツイッターで暴露して多くの作家の指弾を受けた。社長は問題の投稿を削除して謝罪の意を表明したものの後の祭り。トップ自らが招いた会社への不信は簡単には消えない。

 物書きの端くれを称する私も改めて自戒すべきところだが、実はツイッターで自分の主義主張を述べることは近頃ほとんど無い。当たり障りの無いことを書いても理不尽な難癖をつけてくる輩が現れるのに嫌気がさして、余計なことは書かないようにしている。

 SNSによる不特定多数―大部分は顔が見えない匿名の(anonymous)他人とのコミュニケーションは、インターネットが普遍的なツールになるまで一般人には縁が無かった。私の世代は学校の作文や感想文で「思ったことを書く」(write what you think)ように指導された。素人が書いたものが他人の目に触れる機会が滅多に無かった古き良き時代はそういう考え方で良かったのだろう。

 しかしこのご時世、自分が思ったことを何でもそのまま不特定多数への公開を前提としたネット媒体に書くべきではない。公人や著名人は特に、ありとあらゆる言動が衆人環視に晒されるものと心得て、立場上、自分に期待される発言や投稿しかしないことが肝要だ。編集者(editor)、校正者(proofreader)や査読者(reviewer)が事前にチェックしてくれる出版物とは違って、投稿がただちに拡散して他人に保存されるSNSは炎上の危険を回避しにくい。身内だけの会合でも、誰にスマホやICレコーダーで録音されているか分からない。要職にある人ほど、SNSへの投稿も酒席での発言も避けるのが賢明だ。

 当世においてこそ古諺の通り「雄弁は銀、沈黙は金」(Speech is silver[n], silence is gold[en])なのだ。

(『財界』2019年6月25日号掲載)


※掲載日:2019年6月25日
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