Overtourism 観光公害 (連載第430回)

 近年の外国人観光客(foreign tourists)の急増によって観光地の地域住民への悪影響が増大している。京都や鎌倉などの古都では、バスや電車が観光客で混雑して住民が利用しにくいとか、食べ歩きやポイ捨てによる他人への迷惑といった問題が頻繁に起きているという。

 この種の問題は英語の新語でovertourismと言い、日本語でも「オーバーツーリズム」とカタカナ語で呼ばれるようになった。漢字で簡潔に表記できないかと思ってネットでざっと検索してみたところ、観光行政当局の報告書では「観光公害」と同義語として扱っていた。このほか「観光客の増え過ぎ(問題)」「過剰観光」などと分かりやすく言い換えている例も散見される。

 私もまだ若かりし独身時代、連休を持て余してふらっと海外旅行に出かけたことがあった。1980年代後半の当時、若者の間では観光名所への団体旅行(group tour)よりも、観光客があまり訪れないような場所を独りで歩き回るスタイルが流行っていた。どちらかと言えば南国のリゾートホテルでのんびり過ごすのが好きだった私も近くの町に足を運んだが、とある島国で滞在したホテルのコンシェルジェから「そんな所に行っても何も無いから止めたほうがいい」と怪訝そうに言われ、観光地の離島ではガイドに「島の東半分は住民の居住区域なので立ち入らないように」と真顔で念押しされた。今から思うと、基本的には観光客を歓迎しながらも、観光業(tourism)とは関係の無い地元住民(local residents)の静穏な生活を守り、異邦人との無用な軋轢を避けたい地元の周到な配慮があったのだろう。全島が観光地のように思われるハワイでさえその当時、例えばダウンタウンは昼間でも物騒だからという理由で不用意に歩かないようにと言われたものだ。

 地元住民にしてみれば、観光客だからといって、昼夜を問わず隣家に出入りしてゴミを散らかしたり、飲酒徘徊や落書きをしたり、ゴーカートを連ねて傍若無人に公道を走り回ったりする連中を快く歓迎できるはずがない。東京五輪を控えて観光客の一層の増加が予想される今、観光地や繁華街以外への立ち入りは遠慮してもらう方向で検討したほうが良さそうだ。

 観光客の側も、住民との間でトラブルを起こして楽しい観光旅行の思い出を損なわないためにも最低限のマナーを心のどこか片隅に持ち続けてもらいたいものだ。

(『財界』2019年6月11日号掲載)


※掲載日:2019年6月25日
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