Define 定義せよ (連載第417回)

 今秋は国内外で台風による高潮や大地震が引き起こした津波により甚大な被害が発生した。報道によると、高潮に襲われた某国では現地語に高潮を意味する言葉が無く、災害の危険が住民に伝わりにくかったという。それを意味する専門用語(technical term)はあるだろうが、それも一般市民が知らない言葉なら全く無意味で、それまで高潮に見舞われた経験が無い人々に避難(evacuation)の必要があると気付かせるのはいずれにせよ困難だったに違いない。

 夥しい数の犠牲者を出した2004年のスマトラ島沖地震や2011年の東日本大震災を機に津波(tidal wave)の恐ろしさは国内外で広く知られるようになり、tsunamiという日本語はいまや世界中で通じる。だが高潮(storm surge)のほうは今一つ知られていないようだ。私も今回、台風21号による高潮で関西国際空港が水没したと聞いて、洪水(flood)や津波にけっして劣らないその恐ろしさを改めて思い知った。

 どのような用語であれ、その定義(definition)に対する共通理解が無ければ情報の受け手には通じない。ところが世間には自分がでっち上げた用語を定義せずに振り回す向きが少なくない。一部の専門分野や社内でしか通じない業界用語(jargon)があるのは仕方が無いとしても、その定義を明確に説明した用語集(glossary)でも付けておくのは情報の送り手として当然の義務だと私などは思うのだが、実務文書作成の体系的なトレーニングを受けていない会社員が多いせいか、そういった配慮に欠ける文書をよく見かける。そのため非常に分かりにくい文書の英訳を頼まれることがあるが、一介のフリーランスの分際で一流企業のお客様が書かれた文書に難癖をつけたように受け取られたくないので、「この分野は専門外なので自分の理解が及ばない」などと当たり障りのない言い方でお断りしている。

 さて用語の定義はなされていても、その意味するところを効果的に伝えられるかどうかはまた別の問題だ。先の大震災では、津波警報を聞いた被災者の中にはかつて遠地で発生し時間をかけて到達した比較的小さなそれを想起して避難が遅れた人もいたようだ。その反省からその後の津波警報発令時には、それを伝えるアナウンサーの表現が緊迫感を感じさせるものに変わっている。

 緊急性や重要性のある情報ほど、そこに使われている用語をその情報の受け手が正しく理解できるような配慮や工夫が望まれる。

(『財界』2018年11月20日号掲載)


※掲載日:2018年11月22日
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