Speaker 講師/発表者 (連載第416回)

 小学校高学年くらいの児童にプレゼンテーションをさせている映像をテレビで見かけた。IT企業の経営者ばりの大仰な話しぶりにはいささか苦笑を禁じ得ないが、若いうちから自分の考えをまとめて人前で話す訓練を積むのは悪いことではない。

 プレゼンテーションというカタカナ語は、以前は専ら広告代理店の顧客(client)に対する広告企画案の提示を指す言葉だった。前世紀にメーカーに勤めていた私の場合、当時は自分が行う発表をプレゼンテーションとは呼んでいなかったように記憶している。手元の少し古い国語辞典で確かめたところ、はたして「特に、広告会社が広告主に対して行う宣伝計画の提案」(『広辞苑』第五版)との記述がある。

 世間にはプレゼンテーションをする人(発表者)のことをプレゼンテーターと呼ぶ向きがあるが、これは英語ではない。カタカナ語としては通用しても、私自身はこの言葉を聞くと少し違和感を覚える。プレゼンターというカタカナ語もあるにはあるが、英語のpresenterは往々にして賞の贈呈者または司会者を指す言葉であって、カタカナ語とは違う意味で使われていることが多いので注意したい。

 講演の講師だろうとプレゼンテーションの発表者だろうと、人前で話す人のことは英語ではspeakerと言えば通じる。カタカナ語でもこの意味でスピーカーと言うが、私のような中高年世代の中にはオーディオ機器のそれ、古い日本語で言うところの拡声器を想起する人がいるかもしれない。もちろん英語のspeakerにはこの意味もある。ちなみに英国などの議会で(大文字で始まる)Speakerと言えば下院議長のことだ。どう呼ぼうと文脈から判断すればどの意味で使われているかは分かるが、少し紛らわしい。

 近頃は司会者のことをmaster of ceremoniesの略でMC(エムシー)と呼ぶ人が増えた。こちらはれっきとした英語だ。テレビのレギュラー番組の司会者ならホスト(host)、討論会やセミナーの進行役ならモデレーター(moderator)という呼称もあるが、いずれも英語とカタカナ語の間にそれほど大きな齟齬は無いようだ。もっとも、古い世代に属する私は今でも司会者という漢語で呼ぶほうがしっくりする。

 どの呼び方が正しくどれが間違っている、ということが本稿の趣旨ではない。時代や業界によって表現や表記が様々に異なるのは、やまとことば、漢語やカタカナ語が入り乱れる日本語の性格上、仕方が無い。

(『財界』2018年11月6日号掲載)


※掲載日:2018年11月22日
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