Paradoxical peace 逆説的な平和 (連載第406回)

 私事でしばらく俗世間から離れているうちに、隣国では戦争一歩手前の緊張状態から急転直下、南北首脳会談が実現し、さらに米朝首脳会談の予定も浮上するなど東アジア情勢が一変していた。

 南北首脳は朝鮮半島の非核化(denuclearization)を示唆した。あれほど声高に圧力の強化を叫んでいた米国のトランプ大統領もツイッターでKOREAN WAR TO END!(朝鮮戦争は終結に向かっている)と公言し、一気に楽観的な見方に転換した。

 板門店に姿を現した北の金正恩朝鮮労働党委員長は愛想よく振る舞い、これがついこの前まで核実験や長距離弾道弾の発射を繰り返して米国とその同盟国を恫喝していた謎の独裁者と同一人物とは到底思えない。強硬路線を180度転換して融和を求めてきた彼の言葉を素直に受け取るなら、北朝鮮もようやく「普通の国」に転換しようとしているのかもしれない。

 なおも懐疑的な見方をすると、朝鮮半島の非核化への具体的な道筋はほとんど見えていない。北朝鮮はその昔、一度は受け入れた核査察(nuclear inspection)を拒否した前科がある。これは他国の大量破壊兵器についても言えることだが、国際機関による有効な検証(verification)は、その国の体制が大きく変わらない限り、まず不可能と見ていい。今後も核廃棄を求める国際社会との間でいたちごっこが繰り返されるだろう。

 それでも戦争への道を邁進するよりはずっとましだ。核保有国の冷徹な指導者が相手を威嚇(bluff)することはあっても、恐怖の均衡(balance of terror)による核抑止(nuclear deterrence)が働くことで直接戦火を交えることだけは思い止まってきた。国際政治の現状は核廃棄の理想からはほど遠いが、世界はこのように逆説的な原理で平和を維持してきた。

 気の毒なのは、国と国との対立の犠牲となった無辜の市民だ。大国間の代理戦争(proxy war)で銃弾に倒れた一般市民は数知れない。この国でも拉致被害者のご家族が、長年にわたって何度も淡い期待を抱かされては裏切られてきた。先方に非があるとはいえ、これほど残酷な仕打ちはあるまい。その外交プロセスに関わってきた―あるいは口先ばかりでほとんど何もしてこなかった―為政者はたいへん罪深い。こと人道問題に関しては、国家間の駆け引きや政治的な思惑で対話を止めたり切り出したりするのではなく、無条件で早期決着を目指したい。

(『財界』2018年6月12日号掲載)


※掲載日:2018年6月26日
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