Barred 禁制 (連載第405回)

 先月、地方都市で行われた大相撲の巡業で挨拶に立った市長が土俵(dohyo, sumo ring)上で突然倒れ、会場に居合わせた女医や看護師が救命処置のために駆け付けたところ「女性は土俵から下りてください」と場内アナウンスが流れた。その映像がネットで流れると非難の声が上がり、翌日にはテレビや海外メディアがこの映像を拡散する騒ぎに発展し、日本相撲協会の理事長が「不適切な対応だった」と謝罪を急遽表明するに至った。

 この国では一部の場所が宗教上の慣行や迷信から(due to superstition)女人禁制(barred to women)とされてきたのは多くの日本人の共通認識だ。大相撲の土俵のほか、かつては鉱山や酒蔵もそうだった。女相撲も土俵で行われるが、あれは神事としての相撲ではなくスポーツの一種だからいいという理屈らしい。

 今回はたまたま土俵上で人命に関わる緊急事態が発生したことでこの国の性差別(gender discrimination)の問題が改めて注目されたが、それとこれとは論点が違うように私などは思う。おそらく相撲関係者も含めて、誰がどう考えても伝統の墨守(adherence to tradition)が人命救助に優先するわけがない。今回の問題は平時と緊急時の対応の区別が咄嗟につかなかった現場の判断ミスに起因している。「女性は土俵から下りて」ではなく「医療関係者以外は〜」とでも言えば騒ぎにはならなかった。その事実について嘘隠し立てなく説明責任を果たし、再発防止策を講じれば事後処理としては完璧だ。

 話を敷衍して平時の問題として考えると、土俵に入っていけないのは何も女性に限らない。観客を含めて一般人が許可なく土俵に足を踏み入れたら怒られるに決まっている。つまり土俵に関する限り、女性かどうかが問題になる今回のようなケースは実は極めて稀にしか起こらない。

 女性政治家が表彰式で土俵に上がれなかったという過去のトラブルを蒸し返す向きもあるが、それはそれで対処の仕方がありそうだ。たとえば相撲の取組が終わった時点で祈祷でもして土俵の宗教的な効力が消滅したことにする。

 あるいは、政治家は女性だけでなく男性にも土俵に上がるのをご遠慮いただいてはどうか。そうすれば性差別の謗りも政治問題化も避けることができる。そもそも伝統や因習に合理的な根拠など無いのだから、そのあたりは柔軟に考えたいものだ。

(『財界』2018年5月29日号掲載)


※掲載日:2018年5月29日
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