Catloaf 香箱座り (連載第403回)

 ツイッターを日々眺めていると、かれこれ半世紀余りを生きてきた自分がこれまで使ったことがない言葉をまま見かける。最近少し気になったのが「香箱座り」だ。猫が前足を内側に折り曲げて身体の下に隠すように座っているさまを言う。このように座る理由は猫のみぞ知るところだが、うちの猫がそのまま眼をつぶってうたた寝している姿を見ると、リラックスしているようだ。比較的安全な場所で安心して眠れる家猫(domestic cat)特有の姿なのかもしれない。ただし猫を飼って通算20年以上になる私自身、この言葉を聞き知ったのはごく最近のことだ。

 ネット上の仄聞によると、この比喩の用例は大正期の芥川龍之介や菊池寛らの小説に「香箱を作る」という形で見られる。はてこれらの小説なら学生時代に読んだはずだが、と思って芥川の作品を改めて紐解いてみると、確かに「すると猫は何時の間にか、棚の擂鉢(すりばち)や鉄鍋の間に、ちやんと香箱をつくつてゐた」(『お富の貞操』の一節)とある。

 これも道聴塗説になるが、英語圏では猫のその姿をcatloafと呼ぶ向きがあるらしい。足を隠してつくばる猫の姿を一斤の食パン(a loaf of bread)に喩えたものだ。

 面白いことに、「香箱を作る」もcatloafも、この国で最も権威あるといわれる国語辞典や英語辞典を含めて手元の古い辞書には見当たらない。これらの辞書が編纂されるずっと前にすでに廃れていたか、そもそも小説以外の日常の場ではほとんど使われていなかったかは定かでない。

 今時になって猫の座り方を香箱に喩えた表現が広まってきた原因は、ツイッターなどのSNSに"香箱座り"と入力して検索すると概ね察しがつく。愛猫家が投稿したご自慢の猫の写真にこの言葉が入ったキャプションがついている例が山と見られる。飼い猫の姿を見て「香箱を作っている」とか「香箱座りしている」と家人に話すことは無くても、猫の画像をネットに投稿して他人に見せる際にはそう書くのだ。同様にcatloafと入れて画像検索すると案の定、同じ姿勢の猫の画像が大量に表示される。SNS時代ならではの言葉の拡散過程がここにも見て取れる。

 以上は言葉の消長についての一考察として書いた。読者諸氏におかれてはもちろん、香箱座りという言葉を知らなくても、日常生活を送る上でも、猫を飼う上でも全く支障は無い。

(『財界』2018年4月24日号掲載)


※掲載日:2018年4月24日
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