Dialect 方言 (連載第402回)

 先の冬季五輪大会で銅メダルの栄冠に輝いたカーリング女子日本代表チーム(ロコ・ソラーレ北見)が競技中に「そだねー」などの北海道方言(Hokkaido dialect)を喋って人気を呼んだ。この機会に乗じて、畏れ多くも同じ道産子(北海道出身者)として方言について平素思うところを書き留めておく。

 「そだねー」という相槌は「〜かい」という疑問形と共に、私も実家にいるとつい口に出る。一方、北海道弁の例としてよく挙がる「なまら」(「とても」の意)は聞いたことはあっても、私の身内は誰も使わない。道内各地で暮らした経験がある母によると、沿岸部で話される「浜言葉」はまた違うという。地域によって差異があるのは、明治初期に様々な地方からの入植者(settlers)が広い道内各地に分散移住したことも関係しているだろう。

 北海道弁は一部の語彙や独特の抑揚(intonation)を除いて標準語(standard Japanese)に比較的近いせいか、方言とは意識せずに使っている道民もいる。私自身、父の転勤で初めて首都圏で暮らした小学生の時分、方言だと知らずに級友に言って恥ずかしい思いをした。今朝は「しばれる」手袋を「はく」雪を「なげる」は、どこでも普通に話す日本語だと思い込んでいたのだ。

 その後また父の転勤で移り住んだ沖縄の方言は北海道弁とは事情が大きく異なっていた。現地の人が話す方言は全く理解できないどころか、日本語にすら聞こえない。中学校では級友が相手によって方言と標準語を使い分けていた。もっと驚いたのは、入学式では校長先生が開口一番「学校で一番いけないことは方言を使うことです」と言ったことだ。米国から返還されて間もなかった当時の沖縄では精神的にも日本への復帰を急ぐ気持ちが強かったのかもしれない。

 中央政府により国民国家の形成が推し進められた近代に入ると、標準語を普及させて国民に一体感を持たせることが政治・軍事両面で国家の急務となった。その過程で方言や少数言語(minority language)を話す者を蔑み、排除する風潮も生じただろう。幾多の歳月を経て今日では民族の多様性が尊重されるようになり、先住民(native inhabitants)の言語が復権しつつある。米国ハワイ州では一部の学校でハワイ語教育が復活し、旧ソ連支配地域では脱ロシア語化が進んでいるという。

 自分が使っていない方言や言語の違いを時には愛で、互いに尊重し合う美風が続いてほしいものだ。

(『財界』2018年4月10日号掲載)


※掲載日:2018年4月24日
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