Commoner 平民 (連載第401回)

 宮家の令嬢の婚約延期を巡る英字紙の記事の見出しで相手の男性をcommonerと称していたのが目に止まった。身分制度のあった昔で言えば「平民」という日本語がこれに当たる。少なくとも法律上は身分の差が無くなった今日では「庶民」または「一般人」と呼ぶのが妥当だろう。このニュースを伝えた王室の無い多くの国々でも貴族制度は過去の遺物となっている。

 かつてこの国には、欧州の貴族(the nobility)に倣って設けられた華族に旧大名家や維新の功臣が列せられ、「皇室の藩屏」として天皇制を支えていた。公爵(duke)、侯爵(marquess/marquis)、伯爵(earl /count)、子爵(viscount)、男爵(baron)の五爵位があった。

 ちなみにこれらの爵位にはそれぞれ女性の呼称があって、たとえば「公爵夫人」はduchessという。とある昔の映画に「男爵夫人(baroness)と結婚する」という字幕が出ていて違和感を覚えたことがある。人妻と結婚するわけがないから、ここは「男爵家の令嬢」または「男爵位を持つ女性」のことだろう。後者の意味で「女男爵」と書くと珍妙なのであえて男爵夫人と訳したのかもしれない。

 さて法律上は貴族または華族が存在しない今日でも、人間社会である以上、意識上の身分差は多かれ少なかれある。本稿を書いていたら、かつて身近で仕えたソニー創業者、井深大氏の夫人の思い出が蘇った。北海道の片田舎から東京に出てきて働いていた私のことを何かと気遣ってくださった夫人は、一度だけ私に「結婚相手を紹介してあげたいけどやめておくわ」と仰った。どうやら普通の家庭で育った私を家柄の違う女性と結婚させて肩身の狭い思いをさせても気の毒だと思われたようだ。結婚など微塵も考えていなかった当時は軽く聞き流していたが、気の置けない家内と気楽に暮らしている今になって振り返ると、夫人のご配慮は実に有り難かった。

 結婚して数年後に知ったことだが、家内の母方の曽祖父は明治維新に功があった薩摩藩士で、後に明治天皇の側に仕えて男爵に叙せられた名士だった。ただし家内の祖父は庶子だったため、家内も最近までその事実を知らなかったという。ある年NHK大河ドラマを見ていたら、その曽祖父の役の人が登場したので改めて私の興味を引いた。もっともそれは歴史的な興味に過ぎない。パートナーの家柄など気にならないに越したことは無い。

(『財界』2018年3月27日号掲載)


※掲載日:2018年3月27日
※このページの無断複写・転載は固くお断りします。
©Yoshifumi Urade 2018  All rights reserved.