Drill 訓練 (連載第399回)

 1月13日の朝8時頃、米国ハワイ州でスマートフォンに送信された緊急警報(emergency alert)はこの南国の楽園を震撼させた。それにはすべて大文字でこう書いてあった― "BALLISTIC MISSILE THREAT INBOUND TO HAWAII. SEEK IMMEDIATE SHELTER. THIS IS NOT A DRILL."(弾道ミサイルの脅威がハワイに迫っている。ただちに避難せよ。これは訓練ではない)。一部の住民は走って逃げ回り、中には泣いていた人もいてちょっとしたパニックの様相を呈していたらしい。

 "This is not a drill."は戦争映画などに登場する戦闘艦の艦長がよく叫ぶおなじみの台詞だが、現実にそう言われるとさぞ怖かろう。ハワイの緊急警報はもちろん誤報(false alert)だったが、ハワイ州緊急事態管理局(Hawaii EMA=Emergency Management Agency)が"NO missile threat to Hawaii."(ハワイへのミサイル攻撃の脅威は無い)と訂正を発表するまで40分近くもかかったそうで、その間ずっと恐怖に曝されていた地元住民や観光客には何とも気の毒だった。

 drill という英単語は一般には「訓練」「練習」と訳される(fire drillは火災避難/消火訓練)。「ドリル」というカタカナ語は「[反復]練習」またはその教材という意味で私のような中高年世代も小学生の頃から知っている。これと似た単語にexercise(演習)があるが、こちらは軍事用語としては大規模で計画的なそれ(軍事演習=military exercise)に使われる。軍艦のような現場で随時繰り返される非常訓練はdrillだ。

 さてこの誤報騒ぎの原因はEMA職員の勤務交代の際に訓練用のボタンと間違えて本番用のそれを押したという凡ミスだったという。記者会見に臨んだ州知事は恐縮した表情で謝罪するとともに再発防止策の検討を示唆した。

 今回の騒動は、ハワイと同様に隣国のミサイルの脅威に曝されているこの国にとっては他人事ではなく、あってはならないことだ。あとで振り返って笑い話で済めばまだしも、慌てて避難する中で負傷者を出しかねない。ただあえてそこに意義を見出すとすれば、久しく無かった戦争の恐怖を実感することで、戦争は絶対にいけないという誓いを新たにできることか。上意下達で訓練を繰り返しているうちに国民挙げて戦争への備えに身も心も慣らされてしまうよりはずっといい。

 真に迫った訓練やシミュレーションはいざという時に本当に役立つ心構えを作ってくれる。

(『財界』2018年2月27日号掲載)


※掲載日:2018年2月27日
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