Violent behavior 暴力行為 (連載第397回)

 昨年も一年を通して暴力事件が報道されない日はほとんど無かった。政治的な動機によるテロ事件だけでなく、パニック映画さながらの乱射事件(shooting case)や猟奇的な殺人事件(bizarre murder case)の見出しが連日紙面に躍った。三面記事に疎い私も一体どうしたことかと憂慮せざるを得ない。

 人心が安定しているはずの豊かな社会でも暴力事件が絶えないのはなぜか。このところ地位も教養も高いと見られる人による暴力犯罪が目立つ。何一つ不自由の無い生活を送っている政治家や新聞記者や弁護士が車中で突然切れて運転手に暴力を振るう。横綱ともあろう力士が酒席で後輩を殴って負傷させる。師走には由緒ある神社で神職にあった男が実姉の宮司を日本刀で斬殺するという凄惨な事件まで起こって世間を驚かせた。

 暴力への衝動は原始的な本能の一種なのかもしれないが、圧倒的多数の善良な市民―私もそのひとりだと思うが―は一生で一度たりとも人に暴力を振るうことはない。実はその根本的な原因は反社会的人格障害(精神病質)にあり、その形質は遺伝的なものだとする説を最近知った。この種の人格異常者をサイコパス(psychopath)という。サイコパスは罪悪感や良心の呵責、人への共感に欠ける傾向がある一方、自己中心的で他人をコントロールしたり支配したりする欲求が強いという。そう考えると、社会的地位が高いとされるある種の職業にある人を唐突に暴力行為に走らせる原因が何となく見えてくる。

 誤解や偏見を助長してもいけないのでひとこと書き加えておくと、サイコパスの遺伝的形質を持っている人が悉く犯罪に走るわけではない。遺伝的形質だけですべてを説明するのは剣呑だ。かつて私が傍で仕えていた井深大氏も持説の幼児教育論でしきりに、人の性格や能力の大部分は遺伝ではなく環境によって決まる(be determined not by heredity but by the environment)と強調しておられた。環境を整えて精神的安定をもたらすことによって悪しき形質の発現を防げる可能性は十分にある。

 もちろん本人の努力だけでは解決できないこともある。青少年の自殺防止についても言えることだが、他者・自己破壊的な行動への衝動を抑えるには、本人に対する説教や懲罰だけでなく、信頼できる相談相手や医学的な心のケアの提供も含めた家庭や社会全体としての取り組みが求められよう。

(『財界』2018年1月30日号掲載)


※掲載日:2018年1月30日
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