Fake news フェイクニュース (連載第385回)

 昨年の米国大統領選挙あたりからfake news、つまり捏造されたニュースがネット上を飛び交い、さらには合衆国大統領ともあろう世界のトップリーダーが自身に対する批判的な記事をfake newsだと排撃するこの頃、日本語でも「フェイクニュース」という言葉をよく見かけるようになった。

 フェイクニュースとは報道を騙った虚偽の記事であって、多くは何らかの意図があってネット上に流されたものだ。誰でも手軽に情報を伝達できるSNSによって瞬く間に拡散してしまう。何でも某国には営利目的(for commercial purposes)でこの種の偽のニュースを組織的に制作している不逞の輩がいるそうだ。

 私の語感では、フェイクニュースは昔から言う「デマ」とは少し異なる。デマとは一般に、誤った噂(false rumor)や根拠のない噂(groundless rumor)のことだが、中には作為的な怪情報(怪文書)、偽情報(counterfeit information, disinformation)もあれば、不作為の誤報(misinformation)もある。なおデマの語源はドイツ語の「デマゴギー」(Demagogie)らしい。英語にもdemagogyとかdemagogueという単語はあるが、前者は民衆煽動、後者は煽動政治家(デマゴーグ)という意味であって、デマではない。

 政界ではよく怪情報が飛び交うようだ。かつてその類の情報をつかんだ野党代議士が国会で時の政権を追及したが、あとでそれが捏造情報だと分かって政界から姿を消した。怪情報の扱いは一歩間違うと身を滅ぼす。

 全体主義国家では邪悪な政府が偽情報を流して国民の目を欺くことがある。古くはナチスドイツが悪名高い。自ら国会議事堂に放火して共産主義者の仕業だと喧伝した。マスコミが新聞とラジオくらいしかなかったその当時、情報統制は今よりも容易だったに違いない。一方この国では、戦時下の「大本営発表」という言葉が、事実を糊塗する公式発表の比喩として今も使われている。

 さすがに今日の民主主義社会では政府自らが偽情報を発信することはまず無い(と思いたい)が、不都合な真実を隠そうとする為政者がそれを怪文書だとかフェイクニュース呼ばわりすることはままあるようだ。誰がどう見ても明々白々な事実をむやみに否定すると、国民の信頼を失い、ひいては民主主義政治の根幹を揺るがしかねない。問題点、論理や言葉のすり替えや見苦しい言い訳に走るくらいなら、「ノーコメント」で押し通したほうがまだましというものだ。

(『財界』2017年7月18日号掲載)


※掲載日:2017年7月18日
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