Overbooking オーバーブッキング (連載第381回)

 先代の三遊亭円楽師匠の落語の枕に「スチュワーデス(stewardess)の語源は豚小屋の番人だ」というのがあった。その真偽のほどは定かではないが、道理でエコノミークラスの客室乗務員の接客態度が芳しくないわけだ、というオチだった。

 スチュワーデスという言葉が廃れて客室乗務員がフライトアテンダント(flight attendant)、日本語ではキャビンアテンダント(CA)とも呼ばれるようになって久しい今日、この小噺もすっかりお蔵入りになっていた。

 ところが先日、米国の某大手航空会社の機内で起こった事件の映像を見た私の脳裏にふとその記憶が蘇った。何の落ち度も無い乗客がオーバーブッキング(overbooking)を理由に―実は後から従業員を乗せる必要が生じて割り込ませたらしいが―空港の保安職員に座席から引きずり出された。口から血を流して「殺される」と慄いていた彼の扱いは、豚どころかそれ以下の非道極まるものだった。保安職員が停職処分を受け、航空会社のトップが謝罪の声明を出した時にはすでにネットに拡散していた映像がテレビニュースでも大々的に流れ、利用者から「あんな航空会社は二度と利用しない」などと非難の声が渦巻いた。

 報道によると、米国の航空会社では予約しながら現れない客(no-show)を見越してオーバーブッキングになることはままあるらしい。その場合は無料航空券や現金などの謝礼を提示して降りてくれる乗客を募るそうだが、今回の問題が起こった便ではそれでも一人分の座席が足りず、無作為に(at random)選んだ乗客を力ずくで引きずり降ろした(the passenger was forcibly dragged off)。たとえ規則や運送約款上は認められる措置だとしても、罪の無い善良な乗客に暴力をふるった時点で誰がどう見ても完全にアウトだ。被害者だけでなく他の乗客にも迷惑千万な話だし、謝罪の言葉くらいでは許されない蛮行だ。ルールを盾にしたこのような人権蹂躙がまかり通る社会であってはならない。

 センセーショナルな動画をむやみにネットに晒して世情を煽る手法は好ましくないと平素から思っている私も、現場に居合わせて撮影した問題の映像をSNSに投稿して世論を喚起した複数の乗客の決断には敬意を表したい。その映像が与える影響力の大きさを考えると、私なら尻込みしてしまうかもしれない。けだし勇気のある行動と言うべきだろう。

(『財界』2017年5月23日号掲載)


※掲載日:2017年5月23日
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