In your place あなたの立場なら (連載第379回)

 高校時代、英語の仮定法を習ったときの例文に If I were in your place, I would not do so.(もし私があなたの立場ならそうはしないだろう)というのがあった。これは文法用語でいうところの仮定法過去形、つまり現在の事実の反対を仮定する表現だ。過去の事実の反対を仮定する仮定法過去完了形なら If I had been in your place, I would not have done so.(もし私が[そのとき]あなたの立場にいたらそうはしていなかっただろう)となる。

 私もよくこのような例文を呪文のように何度も唱えて暗記したものだ。試験に備える上では役に立ったが、仕事や私生活の場でこのような文を使った記憶が無い。翻訳者としての私が扱う実務文書では、書き手の主観に左右されやすい仮定的な物言いはあまりしないからだろう。

 考えてみたら、分別のある大人が仕事相手や他人に対して、私があなたの立場ならどうのこうのと言うのはいかにも差し出がましい。私の場合、家内や実父母を除けば、そういうことを人様に面と向かっては言えないし、他人からそう言われたくもない。とは言え、自分が人の立場に立って考えることは大切だと思う。

 家にこもってばかりで人と直接会うことが滅多に無い私でも、人からの情報の押し付けを煩わしく感じることがある。こちらが尋ねてもいないのに「ネットにはこう書いてある」などと言ってこられる向きがあるのには閉口する。私もネットで情報を収集するが、取捨選択しながら必要なものだけ使っている。ネットに氾濫する雑多な情報の中には不適切なものもあれば、人に知らせたくないものもある。機微に関わる(sensitive)情報はネットでは見つからない。そのような当方の思惑や諸々の事情を分かっていない輩がネットで入手した情報を掲げて藪から棒に口を出してくるのは、私には迷惑でしかない。

 古参のネットユーザーを自認する私でさえ、スマホ万能を信じる世代のそのような態度にイラっとすることがあるのだから、理由があってネットを使わない高齢者などはなおさらだろう。そういう人が情報を得られず困っていたら、ネットを使って自分で調べろと言わんばかりの見下した態度を取るのではなく、そっと見守りながら本当に必要な情報だけを提供してあげるようにしたい。

 相手が誰であれその事情を慮り、その人の立場になって考えられる優しさが社会全体にもっとあれば、最近問題になっているいじめ(bullying)も無くなるのではないだろうか。

(『財界』2017年4月18日号掲載)


※掲載日:2017年4月18日
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