Graphic 生々しい (連載第374回)

 昨年暮もベルリンではトラックを使った無差別テロ事件、アンカラではロシア大使が銃で撃たれ死亡するなど痛ましいテロ事件が相次いだ。

 この種のニュースを海外から伝える映像や画像にgraphicと注記が付いていることがある。その多くは、辞書を引くとまず出てくる「図(図解)で示した」という意味ではない。良い意味では「生き生きとした」「真に迫った」だが、ニュース映像では「生々しい」「どぎつい」ということだ。The video contains graphic contentsとあれば、その映像には生々しくショッキングな内容がある(ので心臓の弱い人は見ないように)という警告だ。

 国内のテレビ局が放送するこの種の映像はぼかしをかけてあるか、カットされている。前述のロシア大使銃撃事件の映像には、大使が背後から撃たれて倒れ、そのすぐ後ろで暗殺犯が銃を持って叫ぶ一部始終が映っていたが、テレビの映像では銃撃の瞬間がカットされていた。

 どちらかと言えば残酷な場面を見るのは苦手な私も、インターネットで何度かその類の場面を見るうちに前ほど気にならなくなった。慣れというのは恐ろしいものだ。実のところ、海外のニュースメディアが伝える暴力的な場面の多くは、ドラマや映画のそれほど凄惨ではない。頭や胸を撃たれほぼ即死状態の人は派手な血しぶきも長い断末魔の叫びも上げることもなく、一瞬にして倒れるやピクリともせず地面に横たわっている。事件の現場に居合わせればショックの大きさもまた違うのだろうが、映像は所詮映像に過ぎない。

 この国のテレビ局が流す情報は無難に編集されている―と言うか、ある種のスクリーニングがかかっている。日中の食事時に放送される情報バラエティ番組はどれも似たり寄ったりで、同じような出演者が同じ映像を見ながら異口同音に御託を並べる。テレビ局自体またはその利害関係者に不都合な情報や見解はまず流れないし、そういうことを口走った出演者はその後画面から姿を消す。

 私もインターネットで自由に情報が手に入るようになって初めて、テレビの情報が意図的に操作されていることに気付くようになった。テレビというメディアとはそもそもそういうものだと割り切って見ていれば問題は無い。他の情報を知りたければインターネットなど別の手段で収集すればいいだけの話だ。

(『財界』2017年2月7日号掲載)


※掲載日:2017年2月21日
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