Vet 獣医 (連載第365回)

 日頃よく見かけるようになった英語の省略語にvet というのがある。「退役軍人」(veteran)の意味で使われているのでなければ、おそらく「獣医」(veterinarian)のことだ。

 今では身近になった動物病院だが、田舎の実家で犬を飼っていた子供時代の私にはほとんど縁が無かった。父がどこかでもらってきたその雑種犬は何年もしないうちに首輪をちぎって失踪し、病気や怪我をして獣医に診てもらう機会は無かった。

 都市化が進む今日、犬猫は室内飼い(keeping dogs/cats indoors)が主流になった。かつて野良猫(stray cats)だったわが家の猫も、家から一歩も出ることなく暮らしている。外で交通事故に遭うことも、余所の猫と喧嘩して感染症にかかる(get infected)ことも無いから、結果的に長生きしている。

 年長のほうの雌猫は17歳になったが、さすがに身体の衰えは隠せず、便秘などの変調が見えるようになった。その猫が日曜日の夜中に突然、頻尿の症状を呈した。翌朝一番で近所の動物病院(veterinary hospital, vet's)に連れていこうかとも考えたが、何度もトイレに駆け込んで辛そうにしているのを見ていると、家族としては気が気でない。夜間でも診てくれる動物病院をインターネットで探したが、いずれも家からは遠い。かつて義母を救急車で都内の救急病院(emergency hospital)に担ぎ込んだとき、診断がつくまで丸一昼夜、横にもなれず待たされたことを思い出した私は、夜更けに遠い動物病院に行くのを躊躇した。

 引き続き検索していたら、夜間往診専門を掲げる動物病院のホームページに行き当たった。電話してみると、隣県で先客を診ているので少し時間はかかるが来てくださるという。地獄に仏とばかり往診をお願いした。あとで思い出したが、テレビの動物番組で見たことがある有名な先生だった。

 診療器具が詰まった大きなスーツケースを抱えて来てくださった獣医の先生は、検査や注射などの処置を手際よく施すと、かかりつけの動物病院宛の診断書を書きながら、これから取るべき治療方針を懇切丁寧に説明してくださった。このときお世話になった梅原動物病院の往診対応地域は東京・埼玉・千葉のみだが、深夜でも駆けつけてペットを苦しみから救ってくれる獣医がいると知っていれば、飼い主としては安心だ。

 わが家の老猫はその翌日から近所の動物病院でも治療を受けて、いつも通りの元気を取り戻した。

(『財界』2016年9月20日号掲載)


※掲載日:2016年9月20日
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