Leave 離脱 (連載第362回)

 英国でEU離脱(leave)か残留(remain)かを巡る国民投票(referendum)が行われた〔2016年〕6月23日の翌朝、仕事の傍ら時々その開票速報画面を見やった私は、集計結果に目を見張った。各種の世論調査が残留派優勢を伝えていた開票前の楽観ムードは一変して離脱支持票が徐々に差を広げ、昼過ぎに「英国は投票でEU離脱を選択」(The UK votes to leave the EU)と報じられるや、世界に激震が走った。

 この国民投票の数か月前から、翻訳原稿にBrexitという単語をちらほら見かけた。「英国のEU離脱問題」を意味するこの造語(=Britain+exit)は最近では「ブレグジット」などとカタカナ語にも訳されている。国民投票が残留という結果に終わっていればやがて消えゆくと思っていたが、離脱が決まった今、英国史上のこの一大事件を表す用語として残りそうだ。

 短期的な市場の混乱は徐々に落ち着くとしても、中長期的な影響は今のところ誰もが予想しかねている。自らの提案で国民投票を実施した残留派のキャメロン首相は離脱決定を受けて3か月以内に辞職すると表明したが、信任が事実上否決された以上、速やかに政権を明け渡して新内閣が離脱への具体的な道筋を示さないと、ますます不透明感(uncertainty)が広がって全世界に迷惑をかけるばかりだ。(注)

 主要国政府のトップは「英国民の選択を尊重する」と言いながらもその表情は一様に暗く、英国とEUの将来に懸念を示した。欧州の一部では民族主義的な勢力がEU離脱を巡って国民投票の実施を主張し、英国でもEU残留を望むスコットランドが再び独立を目指す動きを見せ始めている。

 世の中には、何となくおかしいとは思っていてもリスクを冒してまで変えないほうがいいと思われる問題もままある。今回の国民投票の投票率は比較的高かったとはいえ72%程度に留まったことを考えると、棄権に回った多数の人々が「変えることはない」という意思を投票で示していたら、約52%対48%で離脱と決した投票結果はどう転んでいたかわからない。

 かくも国の命運を左右する重大な選択を国民投票という一発勝負に賭けたキャメロン首相の政治手法には、かねてから危ういものを感じていた。国の根幹を揺るがしかねない問題こそ、国民と議会が十分かつ客観的な情報に基づき議論を尽くしてコンセンサスを形成すべきだ。そうでなければ最初からやらないほうがいい。

(注)その後英国保守党で首相交代に向けたプロセスが加速し、翌7月13日にはキャメロン首相内閣で内務大臣を務めていたテリーザ・メイ女史が首相に就任した。

(『財界』2016年8月2日号掲載)


※掲載日:2016年8月24日
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