Cost-effectiveness 費用対効果 (連載第361回)

 民と官との間にはものの考え方に大きな隔たりがあるが、政官界で育ってきた方はともすれば費用対効果に優れている(cost-effective)かどうかという視点に欠けがちだ。傍目には無用と思われる企画や調査に大枚をはたく行政のやり方を見るたびにそう思ってきたが、公私混同疑惑の渦中にある前東京都知事の弁明を聞いて、その思いをまた新たにした。

 前都知事の浪費ぶりは極端なケースだろうが、こともあろうに政治資金で美術品まで買っていたという。研究用の資料や政治活動のツールとして使うから合法だという理屈らしい。だが、美術品は誰がどう見ても資料ではなく一種の資産だし、議員や知事の職務遂行に必要なものとも思えない。

 百歩譲ってそれが何らかの形で政治の役に立つとしても、費用対効果の面で見ると甚だ疑問だ。外国からの客人に日本文化を紹介したいなら、個人が数万円程度で買った趣味の品ではなく、美術館や史跡名勝で由緒正しい名品を見てもらうほうがずっと意味がある。前都知事は将来どこかに寄贈すると言っているようだが、そのように中途半端なコレクションなど譲られるほうも迷惑だろう。

 その前都知事の前歴を見て思ったのは、政治学者や評論家として華々しい経歴はあっても、民間企業で働いた経験がないようだ。そのために、まるで天から降ってきたような助成金を使い切り(そうしないと翌年度も予算がつかない)、講演先やテレビ局持ちでタダ飯(free lunch)を食べ歩く生活が板についてしまったのかもしれない。私のように10年足らずでも民間企業で働いた経験があれば―ましてつねに自腹で払うしかない立場にいたら―ボールペンを1本買うにも、コピーを1枚取るにも、それが本当に必要か、もっと安い方法はないかと自ら問い直す習慣が染みついている。

 もちろん、何でも安ければ良いというものでもない。私にとって身近な翻訳を例に挙げると、為政者のメールマガジンや官公庁のホームページの外国語訳が質の良し悪しを通り越して珍妙極まりないものだったという話を何度か耳にしたことがある。品質をいっさい考慮せずに、料金の安さだけで発注したのだろう。安物買いの銭失いの典型的な例だ。

 このような愚を避けるためには、産官学の人材交流がもっとあったほうがいいのかもしれない。政界も民間の発想を活かせる人材を多く起用することだ。

(『財界』2016年7月19日号掲載)


※掲載日:2016年7月19日
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