Historic visit 歴史的訪問 (連載第360回)

 "Seventy-one years ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed…"(71年前の雲ひとつない晴れた朝、この空から死が降りかかって世界は変わった…)。

 〔2016年〕5月27日、西日差す広島平和記念公園にオバマ大統領の声が響き渡った。米国の現職大統領として史上初となる今回の被爆地訪問は高い注目を集めたようだ。単なる政治ショーとも揶揄されるサミット(主要国首脳会議)にはほとんど関心がなかった私も、大統領の広島来訪を伝えるテレビ中継には思わず見入ってしまった。大統領は厳粛な面持ちでこう続けた。

 "Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in a not so distant past. We come to mourn the dead…" (我々はなぜこの地、広島を訪れるのか。そう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力に思いを巡らすためであり…死者を悼むためだ)。

 全文1,460語余り、約17分にわたったこの演説をリアルタイムで聞いたときには、同時通訳を介していたせいかそれほど強い印象を受けなかったが、改めてYouTubeでその映像を見ながらホワイトハウスのウェブサイトに掲載されている原稿を読んでみて、周到に練られたその文章はさすがと感心した。

 オバマ大統領の広島訪問が決まったとき、あちらの報道官がそれについて「謝罪ではない」とコメントしたと聞いた私は、それが米国内の保守派への配慮だと分かっていながらも、ちょっと嫌な感じを受けた。被爆者を始め多くの日本国民は今更、米国の大統領に謝罪など求めていない。だが大統領が被爆地で原爆犠牲者を追悼し、核廃絶への誓いを新たにするのは大いに意義のあることだ(原爆投下についての評価や謝罪に関する私の考えは本誌2015年9月22日号掲載『Easy justification(安易な正当化)』参照)。hibakusha(被爆者)という日本語の言葉まで使ってその無念に思いを馳せた大統領の演説は、そういった私たちの期待に十分応えるものだった。

 1時間余りの短い滞在時間では原爆資料館をつぶさに視察する時間までは取れなかったようだが、慰霊碑に献花して黙祷を捧げ、被爆者の代表と握手して言葉を交わし、原爆ドームをじっと見つめる大統領の姿には、朴念仁の私さえ多少なりとも感銘を受けるとともに、優れたコミュニケーションは言葉だけに頼るものではないという思いを新たにした。

(『財界』2016年7月5日号掲載)


※掲載日:2016年7月19日
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