Non-discrimination 差別禁止 (連載第359回)

 この国でもいわゆるヘイトスピーチ(hate speech, 憎悪表現)を規制しようという動きが進んでいる。しかし、表現の自由との兼ね合いもあってか、〔2016年5月時点で〕国会で審議中の法案は「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組」云々という曖昧模糊とした名称になっており、罰則もどうやら盛り込まれないようだ(注)

 何をもって差別的言辞とするかの線引きは難しい。同じ言葉でも、それが使われている文脈や状況によって変わってくるからだ。分かりやすい例としてYankee(ヤンキー)という米語で考えてみよう。改めて辞書等で調べてみると、この言葉は古くは米国北東部の一部地域の住民を指していた。19世紀半ばに南北戦争(the Civil War)が起こると南部諸州で北部の人々に対する蔑称として使われるようになったらしい。今では少なくとも米国北部ではそれほど悪い意味はなさそうだ。そうでなければプロ野球のチーム名にNew York Yankeesなどとつけないだろう。

 日本など一部の外国ではYankeeの後にGo home(国に帰れ)と続けて反米キャンペーンで叫んでいた過去がある。当時幼かった私自身はこういうスローガンを聞いた記憶はあっても、自分で口にしたことはない。だからYankeeという言葉に差別的な響きがあるという実感がない。これを政治的スローガンとして容認するか、民族差別的な表現として排除すべきかは意見の分かれるところかもしれないが、嫌がる人がいそうなら使わないほうがいいと私は思う。米国またはその政府に対する反対を表明するならUSとかUSAと呼べば済むことだ。

 一方、海外では太平洋戦争当時使われていた日本人に対するJap(ジャップ)という蔑称を公の席で口にする政治家が今でも時折現れる。もっとも、私自身は日本人のひとりとして直接こう言われた経験がないためか、実は何とも思わない。それでも、しかるべき立場にいる人は特に、本人のためにも両国関係のためにも、公共の場では使うべきではなかろう。

 それより気になるのは、テレビに出てくる外国出身のタレントが、日本人はどうのこうのとしたり顏で語ることだ。日本人という言葉自体はもちろん差別的ではないし、所詮お笑いのネタだと分かってはいても、この国の習慣や文化を見下したような言い草はいささか不愉快だ。こと他所の民族に関しては互譲の精神を持って、迂闊な論評は控えるのが吉だ。

(注)当時参議院で先議されていたこの法案はその後衆議院でも可決され成立した。

(『財界』2016年6月21日号掲載)


※掲載日:2016年6月21日
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