City / ward 市/区 (連載第351回)

 実務文書を訳しているとたまに戸惑うのが地名の英文表記だ。国や制度によって様々に異なるし、辞書にも詳しくは出ていない。

 東京都下の「区」を英語で何というか。手元の辞書の多くには「区」=wardとしか出ていない。大都市の一行政区画という意味では、そう言っても間違いではない。ところが、私が住む新宿区のウェブサイトを見ると、Shinjuku Cityと書いてある。他の区のサイトもいくつか見たが、いずれもcityと称している。

 一方、政令指定都市の「区」(行政区)はwardと称している。たとえば札幌市南区ならMinami Ward, Sapporo Cityだ。察するに、公選の首長と議会を持つ東京都の「区」(特別区)は、行政上の定義としては「市」に近いということでcityとしたのだろう。それはそれで適訳だ。特別区をそのままspecial wardと訳しても、外国人には何がspecialだかわかるまい。もちろん、新宿区をShinjuku Wardと訳しても通じるし、実際よく使われているようだ。地方自治体の名称としてはcityでも、一般にはwardとも呼ばれていると理解すればいい。

 一方、都市規模で東京都に匹敵するロンドン市やニューヨーク市の「区」はboroughと称している。辞書の定義によると、boroughは「独自の地方自治体を有する町、または都市の一部」で、その意味では東京都の区もそう言えなくもない。だが、インターネットで検索すると、東京都の区をboroughと表記した例は少数に留まっている。これらと似た意味の単語にdistrictがあるが、Shinjuku Districtと入れて検索すると、超高層ビルが立ち並ぶ新宿副都心や新宿駅周辺の繁華街を指して使われている例が圧倒的に多い。

 英訳の用途が郵送先住所(mailing address)なら、新宿区はShinjuku-kuとすべてローマ字で書くことになっている。もちろん、-kuの代わりにcityやwardと書いても郵便物は届くだろうが、慣行に抗うことはない。

 拙宅は新宿区内にあると地方在住の人に言うと、何やらたいそうにぎやかな都会に住んでいるような印象を与えるようだが、実はそこからかなり離れた普通の住宅地にある。繁華街としての(狭義の)「新宿」と誤解なく伝えたいなら、downtown Shinjukuとでも訳すといい。

 学校の試験ならともかく、実用目的で英語に訳すには、その言葉が使われている実態、用途、慣行等も考慮に入れて考える必要がある。

(『財界』2016年2月23日号掲載)


※掲載日:2016年2月24日
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