The better part of valor 勇気の大半 (連載第348回)

 〔2015年〕10月から11月にかけて欧州や中東でテロ事件が相次いだ。エジプトではロシアの旅客機が飛行中に爆破され、トルコのアンカラやフランスのパリで起こったテロ事件では無辜の市民が多数死傷した。犠牲者とそのご家族に心から哀悼の意を表したい。

 一方、領空侵犯したとされるロシア軍機がトルコ軍に撃墜され、パラシュートで脱出した乗員が現地武装勢力の銃撃を受けて死亡した。かつて超大国がアジアや中東の地域紛争に介入した時代も血で血を洗う暴力の応酬はあったが、兵士が殺される場面を私たち一般人が目にすることはほとんどなかった。帰還した兵士の証言や報道からその悲劇を窺い知るのみだ。だが今日では、現場に居合わせた人々、時には手を下した過激派が自ら撮影した映像をネットにアップロードし、それをテレビニュースが流すものだから、その惨状は茶の間にいる私たちの目にも入ってくる。

 近代国家間の戦争では、捕虜(POW=prisoner of war)の取り扱いは国際間の取り決めに従っている。しかし、そのようなルールもテロリストには通用しない。捕虜だろうと民間人=非戦闘員(noncombatant)だろうと、道理も良心の呵責もなく殺害してしまう。この種のテロ事件があると決まって国内法の強化を唱える声が出てくるが、冷静に考えると、それ自体にテロ防止の効果は期待できない。

 一部の欧米諸国は空爆(air strike)で過激派の殲滅を目指している。しかし、武力(=暴力)による報復は新たな報復を呼ぶだけでなく、住民の巻き添えや難民(refugee)を徒に増やしてしまう。どのような政策であれ、自国民の安全を損なってまで進めるべきではない。平和主義を希求すべき日本国民としては、もとよりそのような武力行使に関りたくない。政権が交代したカナダは空爆から手を引くという。民主主義国にはまだそのような選択の余地がある。

 それではテロにどう対応すればいいか。武器を持たない私たちは、とにかく危険を避けることだ。この時期にあえて危ない所に行くことはない。為政者だけでなく一般人も、不用意な発言や画像の投稿で過激派や異教徒、または外国を挑発すべきではない。

 東洋の古人曰く、君子危きに近寄らずと。西洋でもDiscretion is the better part of valor.(用心深さは勇気の大半―シェークスピア『ヘンリー四世』に由来する諺)という。改めて肝に銘ずべきだろう。

(『財界』2016年1月12日号掲載)


※掲載日:2016年1月26日
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