Kanji 漢字 (連載第347回)

 ツイッターを煩わしく思うことが時々ある。見知らぬ外国人から不意に漢字の画像を送りつけてこられて、「これは何と書いてあるのか」と聞かれたときもそうだ。赤の他人の質問にいちいち答えたくないのに、私が翻訳者であると知ってか知らでか、無遠慮に尋ねられる。しかも、送ってこられた画像を見ると、その大半は、漢字は漢字でも中国語だ。いささか閉口するが、それが台湾の繁体字(traditional Chinese)か大陸で使われている簡体字(simplified Chinese)かだけ教えて、現地の中国人に聞いてはどうかと英語で返答している。

 ところで、手元の和英辞典には「漢字」の英訳を Chinese characters (中国の文字)とだけ書いてあるものがあるが、これはいただけない。日本語の漢字は、その起源は中国にあっても、その多くは、簡体字はもとより繁体字ともかなり異なるものだ。つまり、私たち日本人が使っている漢字=Chinese charactersではない。それはkanji としか表しようがない。kanjiが何たるかを知らない読み手を想定するなら、初出時だけ Japanese kanji characters (日本語の漢字)とでも書いておくといい。

 中国経済などに関する英語の文献を訳していると、嫌でも中国風の漢語に出くわす。wealth management products は中国でいう「理財商品」だが、中国市場への投資や投機に興味のない私などは「理財」という漢語を見てもピンと来ないから、念のため(財テク商品)と意訳も付けておく。この程度ならまだ門外漢の私でも聞き知っているが、英文原稿にあったgo out(going out)policyは、インターネットで調べるまで見当がつかなかった。こういう場合は、検索サイトのGoogle で調べたい言葉の後に「中国」などと漢字で入力するか、その「検索ツール」で「すべての言語」を「日本語のページを検索」に切り替えて検索すると、答えが見つかりやすい。その検索結果によると、中国で「走出去」政策というものらしい。この漢語を改めて検索して初めて、中国政府による海外進出推進政策のことだと知った。

 英語圏の文物を日本語に訳すのに比べると、中国のそれはあちらの漢語が絡んでくるだけに紛らわしいが、私たちとは制度も言葉も大きく異なる隣国と漢字の一部を共有している以上は仕方あるまい。「共和国」「階級」「共産主義」のように、日本語起源の漢語にはあちらに逆輸入されているものが多数あるようだから、こういうことはまあお互い様なのだろう。

(『財界』2016年1月5日号掲載)


※掲載日:2015年12月22日
※このページの無断複写・転載は固くお断りします。
©Yoshifumi Urade 2015  All rights reserved.