Good Samaritan 親切な他人 (連載第335回)

 ここ最近、近所の方や知人が転倒して骨折したという話を家内から聞いては「お年寄りは足下がおぼつかないから、気をつけてあげないとね」などと他人事のように言っていた矢先、実家の母が外出先で転んで病院に担ぎ込まれた。幸い、現場を通りかかった親切な女性が救急車を呼んでくださってすぐに病院で診てもらえたおかげで、大事には至らなかった。気が動転していた母は、その方のお名前も連絡先も聞きそびれてしまったと残念がっていたが、母へのご親切に心から感謝を表明したい。

 急病や事故に見舞われた人に見ず知らずの他人が救いの手を差し伸べたというこの種の美談を伝える英文記事で時折、good Samaritanという表現を見かける。聖書(ルカ伝)に由来する言葉だそうで、原義では「善きサマリア人(びと)」と訳されている。何でもその昔、強盗に遭い深手を負って路上に倒れていた人を通りすがりの(異教徒の)サマリア人が手当てして宿に運んだという喩え話をキリストがしたのだとか。不信心者の私にその宗教的な意義を語る資格はないのでそれは差し置いて、この英語表現は、窮状に陥った他人に救援の手を差し伸べた人を指して使われている。

 聖書に由来するといわれている比喩的な表現には「豚に真珠[を投げ与える]」([cast] pearls before swine)、「[われ]笛吹けど[汝ら]踊らず」(We have piped unto you and ye have not danced)、「右の頬を打たれたら左の頬を向けよ」(turn the other cheek)(マタイ伝)などがあるが、これらは聖書由来の言葉だと知らなくても、また時には原義とは違う意味で、私たち日本人もよく使う。だが、good Samaritanはそれほど知られていないだけに、ちょっと微妙だ。原義のまま「善きサマリア人」と訳すと、私のように無知な異教徒には通じないかもしれない。手元の辞書を引くと「憐れみ深い人」という訳も出ているが、窮地に陥った人を救う話で使われているそれは、それぞれ状況に応じて「通りすがりの親切な人」とか「親切な他人」などと訳すとわかりやすい。

 今回の件のように、遠く離れて暮らしている老親が近隣の方々から親切にしていただいたと聞くたびに、人の情が身に沁みる。東京暮らしが長くなったせいか、他人に干渉しない暮らしが板についた私だが、困っている人(someone in trouble)に対しては親切な他人、在所においては良き隣人でありたいとの思いを新たにした。

(『財界』2015年6月23日号掲載)


※掲載日:2015年6月23日
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