Chat 雑談、おしゃべり (連載第331回)

 私は、これといった目的も結論も見えない話、つまり雑談やおしゃべり(chat)がどうも苦手だ。家の中でも、家内が何やら延々と話し始めるとじれったくて「何の用なのか、結論を先に言ってくれる?」と聞くものだから、大いに不評を買っている。女性は話の結論よりもプロセスを重んじることも、世間話やたわいもない話が円滑なコミュニケーションのために一定の役割を果たすことも頭ではわかっているつもりだが、不得手なものは仕方がない。

 ここで以前、何度か言及したツイッター(Twitter)も、最初のうちは面白がって見知らぬ人とあれこれやりとりしていたが、今ではニュースなどの閲覧と自著の宣伝のような一方的な情報発信にしか使っていない。自分の思いつきを中途半端な字数で投稿しても誤解を招くおそれがあるので、意見を表明したいときはブログを使うことにしている。

 ツイッターの自分のプロフィール欄に翻訳者(translator)と書いたのがいけなかったのか、時折、外国から漢字や平仮名の画像を添えて「これを訳してもらえるか」(Can you translate this for me?)という依頼が来るようになった。だがそのほとんどは、その漢字が日本語ではなく中国語だったり、日本語でも漫画に出てくるほとんど意味のない間投詞だったりする。ツイッターに参加している以上、他人の問いかけを無視するのも気が引けるのでしぶしぶそう説明するが、質問の主からはThank youのひとことさえない。何もお礼を言われたくて答えるわけではないが、自分にとっては時間のムダにしかならない。そういうことが何度か重なった挙句、もうひとつ別に設けてある英語版のアカウントにI do NOT provide free translation service.(当方は無料の翻訳サービスを提供していない)と書いたのを最後に使うのを止め、この種の質問があっても金輪際、答えないことにした。

 私のような無名の輩(nobody)でさえ煩わしく感じるのだから、有名な政治家、財界人、芸能人などがSNSの類を始めた日には、雑多な質問や意見から誹謗中傷まで寄せられて、煩わしさばかり増えそうだ。私のような閑人と違って多忙な人たちがすべてに応答するのは不可能だろうし、たぶんほとんどは無視しているのだろう。インターネットによるコミュニケーションを専門とする優秀なスタッフを持たない公人にとって、ツイッターのようなSNSの類はともすれば剣呑だ。

 世間話なら、現実に顔を合わせたことがある知己や近所の方に限る。

(『財界』2015年4月21日号掲載)


※掲載日:2015年4月21日
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