Nightmare 悪夢 (連載第328回)

 世界征服を企む悪の秘密結社の戦闘員(combatant)が黒装束を身にまとい、カメラに向かって政府や国民を恫喝するその姿は、かつては子供向けのヒーロー物くらいでしか見かけなかった。21世紀の今時、そのような状況が現実に起こっていることには驚愕を禁じ得ない。

 イスラム国と称するその過激派組織は、シリア、イラクにまたがる広大な地域を支配下に置いて恐怖政治をしいている。彼らを国として認めない立場から、海外ではそれをISIS(アイシス)またはISIL(アイシル)と略語で呼ぶ向きもある。この国もそれに倣うべきだという考えもあるが、一般にはわかりにくい。英語では広くIslamic State(IS)と呼ばれ、「イスラム国」という訳語が定着してしまった以上、誰かに気兼ねして変えることもないだろう。今さら気にしなくても、見識のある大多数の日本国民は、彼らが善良なイスラム教徒の国々とは完全に異質の過激派集団だと知っている。どうしても気になる方は「過激派組織のイスラム国」とか「自称イスラム国」とでも呼べばいい。

 イスラム国は、その支配地域に入った外国のジャーナリスト等を監禁して身代金(ransom)を要求し、応じなければ容赦なく首を刎ね(behead)、インターネットでその映像を配信して人々の恐怖を煽っている。去年から囚われていた2名の邦人も殺害され、この国を震撼させた。凶報に接した首相はその「卑劣極まりないテロ行為」を非難し、テロリストに「罪を償わせる」と息巻いたものの、司法や警察の力が及ぶ相手ではなさそうだし、国是により軍事的手段に訴えることもできない。自衛隊を救出に派遣できるように法改正したところで、現実のこの国にはその決意も能力もない。日航機ハイジャック事件が起こったその昔とは違い、現政権は身代金を払うつもりはないようだ。つまり、彼らに誘拐された者が助かる可能性は低い。とすれば、私たち一般市民はひたすら危険を避けて身を守るしかない。為政者は、テロに屈して国策を歪めることはないとしても、不用意な言動でテロリストにつけ込まれる隙を与えない程度の用心深さが欲しいところだ。

 英国出身と見られる彼の覆面姿のテロリストは、ナイフを手にしてlet the nightmare for Japan begin(日本にとっての悪夢を始める)と宣言した。認めたくはないが、イスラム国は犯罪組織としては史上稀に見る強大な勢力を有している。人類にとってまさに悪夢のような事態だ。しかし、夜明けの来ない夜はなく、終りのない悪夢もない。その日が一日も早く来るように、良識ある諸国民やその政府とともに英知と努力を結集したい。

(『財界』2015年3月10日号掲載)


※掲載日:2015年3月25日
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