Freedom of Expression 表現の自由 (連載第327回)

 新年早々、フランスで痛ましい銃撃事件が起こった。イスラム教の預言者の風刺画を何度も掲載してきた新聞社が襲撃され、多数の死傷者を出した。犯人は射殺されたが、この事件に憤ったフランス国民は、表現の自由を守れと大規模なデモ行進を行った。

 私ごときが改めて言うまでもなく、テロは絶対に許されるものではない。風刺の対象や表現の仕方がどうあれ、それを理由に殺されるのは理不尽極まりない。思うに、テロリストは不遜な風刺画を口実に新聞社を標的に選んだだけで、そこでなければ別の無辜の市民が生贄にされただろう。現に、新聞社襲撃と同時に発生した立てこもり事件では、その新聞社とは無関係の食料品店で犠牲者が出ている。

 一方このところ、襲撃された新聞社が掲載してきた風刺画(caricature)は、偶像を否定するイスラム教に対する冒涜だという批判が宗教関係者を中心に出てきた。実際、インターネットで見かけた彼の国の風刺画の中には、異教徒の私の目にも不快(offensive)で挑発的(provocative)な絵も散見される。信仰の対象である神や預言者が戯画に描かれるのは、信心深い人々には耐え難いことだろう。あれでは、テロとは無縁の善良な信者までも敵に回すおそれがある。それでは過激派の思うつぼではないか。

 表現や信教の自由を守ることは大切だが、よく言われるように、放縦と自由は違う(Liberty is different from freedom)。欧州には公共の場での表現に一定の制限を加えている国もある。今回の事件が起こったフランスは、治安上の理由から、全身をすっぽり覆うヴェール(ブルカ)の公共の場での着用を法律で禁止した。隣のドイツでは、ナチスの党章であるハーケンクロイツ(鉤十字)旗の掲揚は違法だし、ナチス式敬礼に似た右手を挙げる動作さえ憚られるという。つまり、表現の自由という価値観やその解釈、運用は、国や文化によって異なることがある。

 今回の事件と相前後して、少数派に対するヘイトスピーチ(憎悪表現)を規制する動きがこの国でも出ているようだ。しかし、表現や言論の自由に対する規制は思想統制につながるおそれがあるので、極力避けるべきだと私は思う。路上で隊列を組んで「○○人を殺せ」などという暴言を大音声で呼ばわる不逞の輩は、表現の自由以前の問題として、脅迫罪や騒音防止条例違反などの容疑でしょっ引けばいい。その手合いならむしろ、当局はもっと踏み込んで摘発してもいいくらいだ。

 インターネットの普及で狭くなった世界では、表現物が誰の目に触れるかわからない。表現の自由の庇護を受けようとする者は、みだりに他人の尊厳や権利を侵害すべきではない。

(『財界』2015年2月24日号掲載)


※掲載日:2015年2月24日
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