I have a dream. 私には夢がある (連載第326回)

 十余年にわたって本誌に書いてきたこの連載を昨年単行本として上梓するにあたって過去の記事を見返していたら、その間、世界があまり進歩していないことに気づいた。内戦(civil war)やテロ(terrorism)による暴力の応酬、天災への備えを怠った結果としての人為的災害(man-made disaster)、エボラ出血熱のような疫病(epidemic)の蔓延など、同じような問題が繰り返し起こってきた。ほとんど進歩していない私も偉そうなことを言える立場にはないが、人類が謙虚に反省して誓いを新たにすべきことはあまりにも多い。

 とりわけ、数世紀来の国家間、民族間の対立が今もくすぶり、地域によっては再燃している。

 ロシアは昨年、ウクライナの政変に乗じてクリミア半島を奪取した。ソ連時代にウクライナに編入された地域を現地住民の同意を得て取り戻したというのがロシア側の主張らしいが、ウクライナの国民や政府の権利は完全に無視された。ロシアの言い分が通るなら、大国のさじ加減ひとつで好きなように国境線が変えられることになってしまう。

 欧州のいくつかの地域では、国からの独立の是非をめぐって住民投票(referendum)が行われた。いずれも成立には至っていないが、一部地域の住民の単純過半数の賛成だけで独立を決めるやり方に私は懐疑的だ。いわば民族主義者の火遊びによって、他の地域に住む国民との間に軋轢を生じ、国際秩序を破壊しかねない。

 米国では白人警官が丸腰の黒人を殺害する事件が相次ぎ、民族間の対立が続く現状が浮き彫りになった。黒人のオバマ氏が大統領を務めているこのご時世にそのような問題が吹き出すとは思わなかったが、指導者が変わって融和を唱えたくらいでたちどころに社会が変わるほど事は簡単ではないのだろう。もっとも、この問題を民族差別の結果と単純に断じるのは剣呑だ。むしろ、銃社会の米国では、相手が銃を向けるかもしれないという恐怖が警官の過剰防衛を招いたと見るべきだ。多くの国々にとって民主主義の手本であったはずの米国は、憲法で保証された武器所持の権利が皮肉にも国民を危険に陥れている。

 米国はキング牧師(Martin Luther King, Jr.)の誕生日である1月15日(実は第三月曜日)を国の祝日としている。そのキング牧師は、1968年夏にワシントン大行進で行った演説で"I have a dream"(私には夢がある)という名文句を残した。だが、民族の平等と融和という彼の夢は依然として道半ばだ。その夢が現実のものになる(dream comes true)のはいったいいつの日のことだろうか。

(『財界』2015年2月10日号掲載)


※掲載日:2015年2月24日
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