Handout 配布物 (連載第322回)

 いわゆる政治とカネを巡る問題で閣僚2人が先日辞職した。

 疑惑のひとつは、候補者の名前と似顔絵が入ったうちわを配布したことだった。追求を受けた大臣本人は、うちわのように見えるが討議資料だなどと弁明していたが、柄のついたそれは誰がどう見てもうちわであり、あのような言い逃れは見苦しい。

 一方、その問題を追及した野党議員もかつて円形のビラを配ったことがあるが、それには柄がないので、うちわには当たらないという。だが、法で有権者への配布が禁止されている「有価物」という定義に照らせば、柄はなくともタレント出身のその議員の写真入りのビラのほうが価値はありそうだ。配布物(handout)がうちわか否か、それが有価物にあたるかどうかという議論は不毛だろう。

 私はむしろ、うちわの配布は合法化してもいいと思う。ビラの印刷にはいずれにせよ費用がかかる。どうせなら、用が済んだらさっさと捨てられてしまうただの紙切れよりも、うちわのほうがムダにならなくていい。特に暑い季節に、熱気にあふれる政治集会に参加した聴衆にうちわを配れば、冷房があまり効かない会場で気分が悪くなる人も減るだろう。応援グッズのように使って会場の雰囲気を盛り上げる効用もある。この機会に、うちわ形の配布物を合法化したらどうだろう。何でもかんでも有価物だから違法と決めてしまうのは芸がない。

 農村部では選挙などの政治参加にお祭り的な意味があるらしく、それもまた一種の政治文化だ。議員の後援会でバスを仕立てて東京に観劇会に行くような慣行は、都会人の目には奇異に映っても、その類の行事を時代遅れと蔑視するのは野暮というものだ。政治資金収支報告書への不記載や利益供与の疑惑はまた別の問題だ。

 しかし、渦中の大臣が、ベビー用品や化粧品などを贈ったのは一種の社交儀礼だから企業のそれと同じだと弁解したのはいただけない。たとえ選挙区外への贈答が違法ではないとしても、政治資金を自分名義の贈答に流用するのはいかがなものか。企業の贈答費は自らが稼いだ金だが、政治資金の多くは企業や個人が善意で出した政治献金であり、一部は政党助成金という公金だ。それこそ、百円程度のうちわならともかく、お祝いや盆暮れの贈答品を政治資金で買って贈ることには、少なくとも私には強い違和感がある。当の世襲議員はそれも当然の慣習と思っているのだろうか。

 政治が権力闘争である以上、この種のスキャンダルが与党への攻撃に用いられるのはやむを得ないとは思うが、これを機に、この種の配布物についても、現実に即したより良い制度を目指してほしい。

(『財界』2014年12月2日号掲載)


※掲載日:2014年12月26日
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