Naming 命名 (連載第315回)

 かつて東京・品川は御殿山と呼ばれる一帯に、東京通信工業株式会社という小さな町工場があった。創業当初はラジオの修理などを営んでいたが、やがて他社に先駆けてテープレコーダーやトランジスタラジオを開発したのを皮切りに、ヒット商品を次々と世に送り出した。

 この会社が使っていた商品ブランドを社名に冠することを決めたとき、取引先の銀行は難色を示したという。東京通信工業、略して東通工という由緒ありげな漢字の社名を捨てて、どこか怪しげなカタカナの名前に変えるのは、昭和30年代前半当時の常識からすれば突飛な発想だったのかもしれない。結局、ブランドと社名を一致させたことが奏功して、この会社は世界への飛躍を遂げた。ソニー株式会社(Sony Corporation)のあまりにも有名な社史のひとこまだ。

 単行本『英語で夢を見る楽しみ』の上梓を機に、この連載「英楽通法」の表題もそれに揃えてはどうかという打診を本誌編集部から受けた私は、かつて勤めていたあの会社の命名(naming)の経緯をふと思い出して、二つ返事で同意した。

 連載開始以来、長年にわたって使ってきた「英楽通法」というタイトルには私なりに愛着もあるが、このまま使い続けたいとこだわる理由も見当たらない。むしろ、ソニーの故事に倣って呼称を統一したほうが、読者の皆様にもわかりやすいし、この先も何かと便利だろう。

 ところで、読者の皆様には、その名がなぜ『英語で夢を見る楽しみ』なのかと訝(いぶか)しむ向きがあるかもしれない。実を言うと、編集側からその書名を提示された私自身も、最初はそう思った。英語に関する連載と称して私が寝言のように好き勝手なことを書いてきたせいかもしれない。

 命名の由来はさておき、商品名というものは、大勢で延々と議論を重ねたからといって良いものに決まるとは限らない。むしろ、議論百出の挙句に決まった名称は、意外に不評だ。優れた言語感覚と豊富なマーケティング経験のある才人の直感で決めたほうが、往々にして良い結果を生む。意味や理由をあれこれ考えるより、ぱっと見て良いほうがいいのだ。旧題の「英楽通法」にせよ、それほど深慮があって名付けたわけでもない。

 連載のタイトルは変わっても、有り難いことに筆者はこのまま変更ない(remain unchanged)。ただこの改題を機に、国際共通語(lingua franca)である英語を鍵として、この国の言葉や世相をいっそう深く見つめながら、読者の皆様とともに明るい未来を夢見たいとの決意を新たにした。読者の皆様の改題へのご理解、ならびに変わらぬご愛読を請いたい。

(『財界』2014年8月26日号掲載)


※掲載日:2014年8月26日
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