Tangible 形ある (連載第314回)

 『英語で夢を見る楽しみ』と題する私の新著が自宅に届いたその日、故郷の祖母が天寿を全うした。そのわずか半月余り前に、軽口をたたくほど元気な祖母に会ったばかりだった私には、悲しみよりもむしろ落胆のほうが大きかった。

 親戚に送ろうと封筒に入れた数冊をそのまま旅行鞄に詰めて、空港へと急いだ。祖母の家に集まっていた叔父叔母らに1冊ずつ手渡すと、みな喜んでくれた。親戚縁者がにぎやかに集うのが何よりも好きだった祖母が、期せずして出来立ての本を私に持たせて呼び返したのだろうか。奇しくも、同じく東京に住む弟も最近、私と相前後して祖母を訪ねていた。これも偶然の一致(coincidence)だろうが、あるいは、祖母には人を呼び寄せる不思議な力があったのかもしれない。

 祖母のためにサインしておいた1冊は、眼鏡や入れ歯などの副葬品とともに棺に入れさせてもらうことにした。そうしてもかまわないかと葬儀場の職員に尋ねると、本を数ページずつ折り曲げてもいいかと聞かれた。そのようにして間に空気を入れておかないと、焼け残ってしまうことがあるという。まもなく祖母と一緒に昇天させるものだから、もちろん異存はない。それにしても、こんなところにも現場のノウハウがあるものだと感心した。

 厚く膨らんだその本を、美しい花々に包まれた祖母の傍らにそっと置いた。幼かった頃、両親が共稼ぎだったため祖母に面倒を見てもらった私からの最後のプレゼントだ。

 「英楽通法」の書籍化の打診があったとき、とても有り難い話だと喜びながらも、電子書籍が普及して紙の本を売るのが難しくなってきた今日、私が本を出すのもたぶんこれが最後だろうと思った。私自身、最近では何でもパソコンやタブレットの画面上で読むことが多い。時代の最先端を行く実弟などは、蔵書を片っ端から電子ファイルにして海外の出張先でも読めるようにしてあるという。私が初めて著書を上梓した十年余り前とは時代が大きく変わっている。

 だが、形ある(tangible)紙の本には、それならではの良さがある。本を手にしたときの表紙の手触り、本独特の紙の香り、ページをめくるときの音、書棚に並んだ本の背表紙を眺めていると蘇る思い出の数々…。

 この本の随所に書きつづった義母の思い出に加えて、祖母への手向けとなったこの本は、私自身にとって最も思い出深い著書となった。拙文に本という形を与えてくださった本誌編集部、ならびに長年にわたる連載を支えてくださった読者の皆様には、この場を借りて改めて御礼を申し上げたい。

 紙の本って、いいものだなあ。

(『財界』2014年8月5日号掲載)


※掲載日:2014年8月26日
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