Traceability トレーサビリティ (連載第145回)

 今日よく使われるようになった英語の言葉で、それにぴったり当てはまる日本語の訳がなかなか見つからないことがある。

 トレーサビリティ(traceability)もそのひとつだ。この言葉をよく見かけるようになったのも、農薬や飼料、遺伝子組み換え作物などの安全性に対する消費者の懸念が広がっているせいだろうか。

 traceabilityは、trace(跡をたどる、追跡する)に-ability(〜できること、〜性)を組み合わせてできた言葉だ。そのため、「追跡性」(または「追跡可能性」)などと訳された例を見かける。これが原義に最も忠実な訳語だろう。

 一方、トレーサビリティの言い換え語として「履歴管理」という言葉が提唱され、実際に広く使われている。確かに日本語としてはわかりやすい。ただし、「履歴管理」は、たとえば文書の改訂やソフトウェアのバージョン更新などの履歴の維持管理という意味でも以前から使われており、トレーサビリティよりも広義である。

 よく新聞などで取り上げられる記事にいうトレーサビリティは、農作物や工業製品などの生産(流通)履歴を管理して、あとから追跡調査できること、またはそのための仕組みを指している。その意味でいうなら、「生産履歴追跡(〜管理/〜システム)」という日本語を当てれば、的を射た表現になるだろう。

 もっとも、人によって異なる訳語を使うと混乱を招きかねないので、結局は、トレーサビリティというカタカナ語を使うのが最も無難だ。定義が各々異なる外来語の漢語への言い換えは、そう安易にはできない。もちろん、カタカナ語のあとにカッコ書きで前記のような漢語を入れておくといった工夫は可能だ。

 このところ、中国産の原料を使ったペットフードなどに有毒物質が混入していたという報道をよく聞く。拙宅のネコたちが食しているキャットフードの表示を見てみたが、製品そのものには米国製などと書いてあっても、原料の産地まではわからない。心配なので、少し古い外国産の缶詰の類は全部捨てることにした。

 グローバリゼーション(グローバル化)とやらも結構だが、消費者がいちいちトレーサビリティなるものまで気にしないと安心して物を口にできない世の中も、いかがなものかと思う。

(『財界』2007年7月24日号掲載)

※掲載日:2007年8月10日/再掲載日:2015年1月27日
※このページの無断複写・転載は固くお断りします。
All rights reserved by Y. Urade.