Thirteen Days 13日間 (連載第128回)

 1962年10月、アメリカ合衆国大統領ジョン・F・ケネディは、キューバでひそかに配備が進んでいた中距離弾道ミサイルをめぐってソ連のフルシチョフ政権と対峙していた。当時の米政権が危機を乗り越えた経緯は、彼の弟であり司法長官を務めていたロバート・ケネディが回顧録『13日間』(Thirteen Days)に書き、さらに後年、同じタイトルの映画が制作されたこともあって、広く世に知られている。

 このキューバ危機渦中の10月22日、ケネディ大統領はテレビ・ラジオ演説で米国民にその危機を伝えた。インターネットで探してみたら、その演説原稿も音声ファイルも入手できた(注)。17分以上にも及ぶ演説の中で、大統領はキューバを海上封鎖する方針を発表するとともに、ソ連に対してミサイルの撤去を強く求めた。

 この間、キューバに向かう貨物船の臨検(quarantine)や米軍偵察機の撃墜など一触即発の事態が相次いだが、結局、米政権が示した強い態度にソ連が折れる形で、人類史上初の全面核戦争の危機は回避された。

 互いに厳しい対決姿勢を取っていた当時の米ソ両国も、水面下での交渉は続けていたようだ。前述の映画によると、大統領は弟ロバートを駐米ソ連大使に面会させ、米国がトルコに配備していた核ミサイル撤去の意向をひそかに伝え、ソ連側の譲歩を引き出したことになっている。

 実際にどのような裏交渉があったのか、それともなかったかはわからない。だが、この事件は、不測の事態を回避するために政府間のコミュニケーションを維持する必要性を示した。米ソ両国はその後、ホワイトハウスとクレムリンの間をホットライン(hot line、緊急用の直通電話)で結んだ。

 北朝鮮による核実験実施が世間を騒がせているこの頃〔2006年当時〕、かの国との交渉ルートがどれほど生きているのか気になるところだ。どのような交渉にも「落としどころ」はあるものだが、有効な交渉のパイプがなければ、話が先に進まない。

 ケネディ大統領は結局、核戦争を回避した大統領として歴史にその名を残した。その大統領就任演説にいわく、"Let us never negotiate out of fear. But let us never fear to negotiate." (恐れから交渉に臨むのはやめよう。しかし、交渉することを恐れるのはやめよう)。

(注)ジョン・F・ケネディ大統領図書館・博物館(http://www.jfklibrary.org/)

(『財界』2006年11月7日号掲載)

※掲載日:2006年11月7日/再掲載日:2015年1月23日
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