Political slogan 政治スローガン (連載第126回)

 自民党総裁の任期を終えた小泉純一郎首相を、その政治スタイルから「ワンフレーズ政治家」などと揶揄する向きもあったようだが、大衆民主主義社会でスローガン(slogan)を使うのは、むしろ古典的な手法だ。凡庸なスローガンに踊らされるマスメディアや、ろくに太刀打ちできない野党の責任も問われるべきだろう。

 近代民主主義社会で最も古い選挙スローガンのひとつに、ハーバート・フーバー(Herbert Hoover)が1928年の米大統領選挙で使った"A chicken in every pot "(すべての鍋に鶏を)というのがある。改めて調べてみたら、その後に"and a car in every garage."(そしてすべてのガレージに自動車を)という言葉が続いたらしい。かつて高度成長期に入った日本で池田勇人首相が唱えた「所得倍増」を思い出させる。もっとも、米国経済の絶頂期に大統領(第 31 代)に就任したフーバーは、その直後に大恐慌(The Great Depression)に見舞われ、後世の評価は低い。

 戦後の米国政治史で記憶に残るスローガンといえば、ケネディ大統領(John F. Kennedy、第 35 代)の"New Frontier"(ニューフロンティア、新たな開拓地)、それにジョンソン大統領(Lyndon B. Johnson、第36代)の"The Great Society"(偉大な社会)あたりだろうか。

 民衆が現状にある程度満足し、政治的な争点がはっきりしない時代になるにつれて、この種のスローガンはますます曖昧なものになっている。

 考えてみれば、新しい何とかやら美しい何とかといった、漠然とした標語に異論を差し挟む余地などありはしない。つまり、たいして意味のない、何となく耳障りの良い言葉を選んで使えば、まず間違いはない。

 だからといって、政治家がスローガンを唱えることがまったく無意味だとは思わない。大衆に受けるスローガンを自ら思いつき、またはそれを進言してくれるブレーンを抱えることもまた、一国のリーダーたらんとする政治家に必要な資質のひとつに違いない。

 有権者の多くは、心の中では「誰がトップに立ってもそう変わらない」と思っている。小泉氏のような例外もあるが、同じ政党から選ばれたリーダーなら、結局は似たり寄ったりの政策に収斂していくものだ。だからこそ、気の利いたスローガンのひとつでも出して、他の候補や政党との差別化(differentiation)を図ることに意味があるのだろう。

(『財界』2006年10月10日号掲載)

※掲載日:2006年10月11日/再掲載日:2015年1月22日
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