Xenophobia 外国人嫌い (連載第119回)

 拉致問題や領土紛争のせいか、このところ何かと中国や朝鮮半島の国々が巷間の話題に上るようだ。

 振り返ってみると、1980年代以前の東西冷戦の時代には、近隣諸国との外交問題がこれほど世間の耳目を集めることはなかったように思う。これも、世界各地で民族主義が高まっていることと関係があるのだろうか。

 歴史的に見ると、隣国の国民性があまり好きになれないといった民族感情や国境をめぐる紛争は、いつの時代にも、またどの地域にもあるものだ。それでも多くの場合は、お互いにうまく折り合いをつけながら、何とか平和を保ってきた。些細な「国益」をめぐって国家間の緊張を高めたり、不測の事態を招いたりするような行動を慎むのが、大人らしい国の態度というものだろう。

 その一方で、昔は無人島だった絶海の孤島を実力で占拠しておきながら、自ら大騒ぎを繰り返す国もある。領土の主張自体は(その正当性はともかく)、一国の政府の行動としてまだ理解できるとしても、そのために両国間に感情的な対立を煽っていいわけがない。本来なら友好国であるはずの隣国の政府がこのように挑発的な態度を取るとは、私のような市井の日本人にはまったく解せぬ行動である。

 ふと思い出したが、xenophobia(ゼノフォビア、外国人嫌い)という言葉がある。

 -phobiaという接尾辞はもともと「〜恐怖症」という病名によく使われている。あまり馴染みのある言葉ではないが、acrophobia (高所恐怖症)、claustrophobia (閉所恐怖症)、anthropophobia(対人恐怖症)などがこの類だ。また、近年増加している「登校拒否」はschool phobia(学校嫌い)という。興味のある方は、電子辞書にphobiaと入れて後方一致検索してみるといい。

 この-phobiaが外国や民族を表す接頭辞の後ろに付くと、その国や人々に対する嫌悪感を意味する言葉になる。前にanti-(反〜)をつけるのと同じようなものだ。辞書やインターネットで調べてみると、Sinophobia(中国人嫌い)とかRussophobia(ロシア人嫌い)などが出てくる。もちろん、Japanophobia(日本人嫌い)もちゃんとある。

 この国の若い人の間では「嫌韓」などという新語が使われているそうだ。このように嫌な言葉がこれ以上定着することのないように、いずれの国の政府にも自重を望みたい。

(『財界』2006年6月13日号掲載)

※掲載日:2006年6月30日/再掲載日:2015年1月20日
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