The needs of the many 多数者の必要 (連載第106回)

 前によく見ていた米国のSF映画(注)に、自分を犠牲にして艦を救う異星人の上級士官がこう言う場面があった。

"The needs of the many outweigh the needs of the few...or the one."(多数者の必要は少数者の必要に優先します… または私ひとりよりも)

 改憲論も聞こえてくるこのごろ、民主主義社会や国家観についてあれこれ思いを巡らせていた私は、そのセリフをふと思い出した。Googleに入れてみたら、その言葉があちらこちらで引用されていたのには少し驚いた。

 改めて言うまでもなく、民主主義(democracy)とは多数者(majority)の要求が優先されるシステムである。前述のようなセリフが映画に出てくるのも、それを引用する人が多いのも、民主主義の本家米国らしい。

 もちろん、多数者の選択が正しいとは限らない。かの米国では、現大統領の下でイラク戦争に多大な戦費を使い、多数の兵力を送り込んだ。イラクで死亡した米兵の数はすでに1900人に達したという。すべてがその結果ではないにせよ、堤防を強化する予算も満足に与えられず、災害救援にあたるべき州兵を多数派兵されていた米国南部では、ハリケーンの被害で1200人もの犠牲者が出た。

 しかし、国益(national interests)の名の下に多大な犠牲を払ってイラクに軍を送ったことで、さらに多くの米国人の安全や利益が守られたのかもしれない。同盟諸国にしてもまた然りである。その賛否をここで論じるつもりはない。

 ただ、この国が米国型の民主主義を志向しているとしたら、私の胸中にはどこか釈然としないものが残る。

 日本はこれからも、国益より個人の幸福を重んじる国であってほしい。もちろん、それによって社会全体が危険にさらされるようなことがあってはいけない。しかし、そうでない限りは個人を最大限に尊重する、どこかお人好しな国であってもいい。

 ちなみに、そのSF映画の続編では、艦を救って戦死した彼の親友でもある艦長が"The needs of the one outweigh the needs of the many."(ひとりの必要が多数者の必要に優る)というセリフを吐いて、彼を生き返らせてしまう。どこか唐突な落ちだが、所詮は作り話だ。

 現実の世界ではもちろん、国益の犠牲になった人は永遠に帰ってこない。

(注)『スタートレック2・カーンの逆襲』(Star Trek II: The Wrath of Khan) 1982年、米パラマウント映画

(『財界』2005年11月15日号掲載)

※掲載日:2005年11月17日/再掲載日:2015年1月16日
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