「私が自民党をぶっ壊しますから」―かつてそう啖呵を切って自民党総裁選に勝利した小泉純一郎首相が、今度〔2005年〕は郵政民営化法案の復活をかけて衆議院解散総選挙という大勝負に出た。いま、総裁選当時の彼があの言葉を絶叫するシーンを改めてテレビで見るにつけても、この人はマスコミにサウンドバイトをつかませるのが実にうまいと思う。サウンドバイト(sound bite)というこの英語、人によっては耳慣れない言葉かもしれない。手元の辞書にはこう出ている。
sound bite サウンドバイト《テレビ・ラジオのニュース番組などで短く引用される政治家などの発言・所見など;しばしば主旨を誤り伝える》(研究社『リーダーズ英和辞典』)
米国の大統領選挙では、党候補者指名大会での演説や候補者同士のディベートからサウンドバイトとしてニュースに使われた言葉が、選挙の結果にも影響することがあるようだ。
1988年の米大統領選挙では、ジョージ・ブッシュ(父)候補が共和党大会で声高らかに宣言した"Read my lips: no new taxes."(私の唇の動きを読んでください。新税はありません)というフレーズがテレビニュースや新聞・雑誌の見出しを飾った。結局、力強くそう言い放ったブッシュ氏が大統領に当選した(もっとも、その公約はあとで反故にされたらしい)。
ニュースで繰り返し伝えられるこの種のサウンドバイトは、有権者の印象によく残り、時としてその投票行動をも左右する。
今回の選挙では、小泉首相が時おり感情を込めて口にする簡潔なひとことに力強さと信念が感じられる一方、野党党首や「抵抗勢力」の頭目とされる代議士の発言は印象が薄い。
テレビカメラを前にして、これからマニフェストにあれやこれやを書くとぐだぐだ言われても、有権者の心に伝わってくるものがない。「こんなやりかたをして本当にいいのかね〜」と首相の政治的手法に対する非難を口にされても、与党の一員である彼らが執行部を相手に闘う大義も政治的信念も見えてこない。
テレビニュースで取り上げられるわずか数秒のサウンドバイトの中に、指導者としての政治的信念、ビジョンや指導力を巧みに織り込んで見せる。この技が使いこなせない者には今日の民主主義社会のリーダーは務まらないということを、今回の選挙が改めて教えてくれるかもしれない。
(『財界』2005年9月20日号掲載)