Bread and butter 飯の種 (連載第86回)

 テレビの歴史番組か何かで聞いた話だが、いわゆる「パンとサーカス」(bread and circuses)を市民に提供して生活を保障したかつてのローマ帝国では、それに甘んじて働かない者とさらに富を求めて働く者との間で貧富の差が拡大したことが、体制崩壊の遠因になったという。

 一方、現代の日本では「ニート」(NEET = not in employment, education or training)と呼ばれる若年層無業者の急増が社会問題になっている。正業に就かなくても食べていけて、テレビやインターネットで安く暇つぶしができる社会においては、それもまた必然的な帰結かもしれない。

 若者にできる仕事が今のこの国にまったくないのかといえば、そうでもないらしい。いわゆる3K(きつい、汚い、危険)と呼ばれる職場には、日本人の就職希望者がいないので、外国人の労働力に頼らざるを得ないところもあるという。

 「自分でもどんな仕事をしたいのかわからない」と言っては、なかなか仕事に就きたがらない若者がいるようだ。しかし仕事というものは、実際にやってみなければわからない。面白くて楽な仕事などそう簡単に見つかるわけでもないし、いろいろな仕事をやっていくうちに適職も見えてくる。

 英語の慣用表現にbread and butterというのがある。「パンとバター、バターを塗ったパン」という文字通りの意味もあるが、「飯の種」とか「本業」という意味で慣用的に使われている(たとえばbread and butter businessといえば、それは会社などの「主力事業」という意味だ)。

 仕事とはそもそも、「飯を食う」ためにするものではなかったか。自己実現の手段だとか社会的な貢献などという目的は二の次だろう。

 残念なことに、今日の社会ではこのような仕事本来の意味が見失われがちだ。稼げる仕事にもろくに就けないような資格ばかり取らせてみたり、ボランティアという形だけで社会に貢献させたりするような風潮は、伝統的な職業観を持つ私にいわせれば本末転倒だ。

 そういう時代になったのは、若者自身やその親のせいだろうか。安価な労働力を追い求めては年端も行かぬ若者を低賃金・単純労働のアルバイトや無償のボランティア活動に誘い、誇り高き職業意識を損なってきた社会の側の責任が大きいのではないか。

 もっと「飯の種」となるような職業を育む土壌を社会全体で築いていかない限り、この国の前途は危い。

(『財界』2005年1月25日号掲載)

※掲載日:2005年3月1日/再掲載日:2015年1月10日
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