Noises 騒音 (連載第304回)

 先日、所用で遠地に出かけた私は、実に久しぶりに東海道新幹線に乗車した。そのときは別に何とも思わなかったが、あとから思い出すと、高速で疾走するのぞみ号の車内は、行きも帰りも実に静かで快適だった。周囲を見回すと、出張中の会社員はパソコンを出して黙々と仕事をしているか寝ているかだったし、旅行客とおぼしき若い女性の二人連れは、通路を挟んだ隣には聞こえないような小声で話していた。

 一方、インターネット上では、車中で泣きわめく幼児をあやしたり叱ったりしない母親に対する非難と、それに対する反論が渦巻いているようだ。あれほど静かな車内なら、子供の泣き声や騒ぐ声はさぞ耳につくだろう。

 自分が幼かった頃の記憶は定かではないが、昔の汽車は、それ自体が発するゴトゴトという騒音でまったく静かではなかったこともあって、子供が少し大声を出したくらいでいちいち目くじらを立てる大人はいなかったように思う。近所の公園で子供があげる歓声も気にならなかった。それらは、そこかしこから聞こえてくる、日常の生活音の一部だった。

 ところが今は違う。私の住む街でも少子化が進んでいるせいか、子供の黄色い声が聞こえてくることはほとんどない。子供の声に不慣れな今日の大人にとって、それは微笑ましいものどころか、耳障りでしかない。それにいらいらして、つい舌打ちしたり悪態をついたりする人の気持ちもわからぬでもない。幼子を同伴した母親には寛容でありたいと私自身は思うけれども、他人がそれに不寛容だからといって、その人を咎めようとは思わない。それをツイッターなどでいちいち非難した日には、投稿者の意図はどうあれ、そうでなくてもギスギスした社会がますます険悪になりそうだ。

 幼子を連れている母親のほうも、他人の冷たい視線に怯えることはない。幼子はどうしても泣くものだし、母親としてすべきケアやしつけをきちんとしているのであれば、遠慮は無用だ。堂々と振る舞えばいい。

 東海道新幹線は、16両もある列車が10分かそこらの間隔で頻繁に行き来しているのに、子供連れの家族が他人に気兼ねなく座れる個室(compartment)が用意されていないのは腑に落ちない。調べてみたら、かつては個室があったそうだ(他社線の一部には今でもあるとか)。何本かに1両でも、それを復活してはどうか。料金が高くて利用しにくいのなら、少子化対策を図る政府に公的補助を求めてもいいのではないか。

 赤子の声が騒音だというなら、それをとやかくいう人の声もまた違った意味で騒音だ。いわばお互い様なのだから、ここは譲り合いの精神や工夫をもって、過剰反応は控えたい。

(『財界』2014年3月11日号掲載)


※掲載日:2014年3月25日/再掲載日:2015年3月8日
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