a.k.a. 別名 (連載第246回)

 とあるテレビ番組(注)で、最近の歴史の教科書の記述には、昔とは少し違うところがあると聞いた。たとえば、「いいくに作ろう」という語呂合わせで1192年と覚えた鎌倉幕府が成立した年はもう明記されていないか、または平家が滅亡して源頼朝が実権を握った1185年とされているという。

 日本最大の古墳である仁徳天皇陵を、昨今の教科書は大仙陵古墳(大仙古墳)と呼んでいるそうだ。旧壱万円札の肖像で誰もが知っている聖徳太子は、厩戸皇子(うまやどのみこ)の別名(a.k.a. =also known as〜)扱いに降格となったらしい。

 新たな史料の発見に伴って歴史学も進歩するだろうから、教科書の記述が昔と違うのは止むを得ないことかもしれない。だとしても、すでに定着している「聖徳太子」を排して、マイナーだった「厩戸皇子」を使えと急に言われても、私は違和感を禁じ得ない。「仁徳天皇陵」改め「大仙陵古墳」に至っては、現地の道路標識は今も「仁徳陵」で、変える予定はないという。

 文献が少ない古代の人や文物の名称を正しいとする根拠は、たとえあっても貧弱なものだろう。逆に言うと、私たちに馴染み深い名称をいまさら否定することもないと思う。

 そんなことを考えていたら、ひとつ昔のことを思い出した。私が雑誌に寄稿した記事について、研究者と称する人から、おまえの説明は間違っているというお叱りのメールをいただいたことがあった。改めてインターネットで検索してみたが諸説紛々だったので、「どちらでもいいのではないですか」と返事を出した。すると、その人物からまたメールが来た。彼の主張は要するに、私の書いたものには学術的権威による裏付けがない、ということだった。そもそも学者でない私は、あえて反論する理由も意志もなかったので、それには返答しなかった。

 だいたい、権威が言っていることが世間でも通用するとは限らない。翻訳や物書きを生業としている私は、なるべく世間一般に通じやすい言葉を使うように心がけている。

 学術界に限らず、○○町とか×××村と揶揄される特定の社会や業界でしか通用しない言葉や理屈は、いくらでもありそうだ。一部の狭い世界でしか使われない用語や考え方に固執し、それに振り回されていたら、世界に対する視野が狭くなりかねない。

(注)「ミヤネ屋」(読売テレビ放送、2011年8月25日)

(『財界』2011年10月4日号掲載)


※掲載日:2011年10月18日/再掲載日:2015年2月23日
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