Ignorance 無知 (連載第229回)

 私は数年前から英語表現とその訳語を少しずつブログに書き留めている。自分自身の備忘録になるし、人様のお役に立てばと思って細々と続けてきた。今後も続けるつもりだが、昨年〔2010年〕、ひとつの決断を下した。他人が私のブログにコメントをつけられないように設定を変更したのである。

 理由はいろいろあるが、そのひとつは、首をかしげてしまいたくなるコメントが増えたことだ。完全に的外れな意見や自己宣伝もあるし、私が記事に書いた例とは異なる意味で使われている訳語を持ってきて「これが正しい」と主張されることもある。記事の総数は700を超えており、かなり前に書いた記事に新たにつけられるコメントにいちいち返事を書くのが面倒になってきた。たとえ丁寧に説明したところで、そのコメントを書いた人や他の読者がそれを読んでくれるかどうかわからない。

 もちろん、数あるコメントの中には的を射たご指摘もあり、それはそれで有り難い。そこで、ブログに営業兼用のメールフォームを設置した。親切心から何か教えてくださる方には、それに記入していただくことにした。

 それと同様の理由で、ツイッター(Twitter)への投稿もこのところ少し控えている。ツイッターは思いつきで書き込める手軽さゆえ、つい軽口を叩いてしまう。しかし、文字数が140字以内に制限されていることもあって、互いに意を尽くせないことがある。時にはそれが誤解を生むようだ。

 インターネットには、世界中の利用者が情報を共有できる様々なサイトがあって、私も大いに重宝している。ただし、そこに書かれている情報が正しいかどうかを判断するのは、結局は自分自身だ。一部または多数の人々が書いていることが正しいとは限らない。以前、このコラムで集合知(collective intelligence)に言及したことがあるが〔 Collective intelligence(集合知)、2007年12月4日号掲載〕、逆もまた真なり。誰も知らなかったり誤っていたりすることもけっこう多い。

 無知(ignorance)なのは無名の大衆だけとは限らない。政府や公的機関、マスメディアから出ている情報も、まずは疑ってかかったほうがいい。内部関係者がリークする情報にも、誤謬もあれば虚構もあるはずだ。

 匿名掲示板「2ちゃんねる」の創設者である「ひろゆき」こと西村博之氏は早くからこう言っていた。

「嘘を嘘と見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」

(『財界』2011年1月25日号掲載)


※掲載日:2011年1月25日/再掲載日:2015年2月18日
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